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たんちゃんごめんね

私は子どもの頃引っ越しが多くて、小学校6年間のあいだに5回転校をした。

6年生の1学期に最後の転校をして、
新しいクラスのリーダー的存在だった、たんちゃんに出会った。
たんちゃんは、女子の中で一番背が高くて、気が強くて、そして声が大きかった。
私の事をよく、にぶい、とか、ぼーっとしてる、と言った。
だから私はたんちゃんの事がすこし苦手だった。

たんちゃんはすごく足が速かった。
運動会のリレーではもちろんアンカー。
この学校の運動会には、全員参加のクラス対抗リレーというのがあった。
リレーの走る順番を決める学活で、私は『遅い子』として名前が挙がった。
たんちゃんはビシバシと意見を言い、遅い子が続くとそこで一気に抜かされる、遅い子をどこに挟むかが問題、と主張した。
そんな話し合いの中、私と、もう一人の『遅い子』りょうさんは、ただただ小さくなっているだけだった。

そんなたんちゃんだったけど、私のことを褒めてくれた事があった。
給食を食べる時、机を向かい合わせにして食べるんだけど、たんちゃんは私の斜め向かいの席。
出席番号が近いのだ。
トウモロコシを茹でたのを3分の一位に切ったものに、私がかじりついている時だった。
『あんた、トウモロコシ食べてる時もかわいいね』と、たんちゃんがおもむろに言った。
私は耳を疑った。
ただでさえ、トウモロコシにかじりついてる姿には自信がない。
なのに、よりによってこんな時。
そして、たんちゃんが言った『も』。
・・も?
食べてる時・・も?
たんちゃん、私の事を今以外にもかわいいと思ったことがあったんだろうか。
いつも、にぶい、とか、ぼーっとしてる、とか言ってるのに。
どうゆう事なのかぜんぜん分からなかったけど、なんだか私は、少しうれしい気持ちになった。

6年生が終わるころ、女子の間でちょっとしたもめ事があった。
そして、それまでリーダー的存在だったたんちゃんが嫌われるような感じになってしまった。
もう一人のリーダー的存在のにっしんがたんちゃんの事を悪く言い始めたのだ。
確かに、たんちゃんにいじわるをされた子もいたかもしれない。
にっしんは言った。
『ゆーちゃんもいじわるされたんやから、たんちゃんのこときらいやろ? きらいって、言ってやり』
その時たんちゃんは近くの席に座っていたけど、こっちを見ずにじっとしていた。
にっしんはたんちゃんに聞こえるように言っていたのだ。
私は、下を向いてしまった。
そんな事ないよ、って言えなかった。
だってほんとに、私はたんちゃんの事が好きなのか分からなかったし、気の強いたんちゃんが私にきらいと言われた位で動じるとも思えなかった。
重苦しい雰囲気の中、何も答えない私を見てにっしんは『ゆーちゃんもたんちゃんの事がきらいやって』と話を締めくくった。

その日の学校帰り。
私がひとりで歩いていると遠くからたんちゃんが歩いてくるのが見えた。
私はなんとなく、たんちゃんが来るのを待っていた。
近くまできた途端、私は涙が溢れた。
たんちゃんは泣きながら歩いていたのだ。
私の前をさっと通り過ぎようとするたんちゃんの腕をとっさにつかんだ。
たんちゃんは『ゆーちゃん私の事きらいなんやろ』と、手を振りほどこうとする。

私は何も言えなかったけど、手だけは離さなかった。
そして、ふたりでその場に立ち尽くして泣いた。

ごめんね・・たんちゃん、ごめんね・・

泣きじゃくりながらあやまったけど、たんちゃんはただ目と鼻を真っ赤にして涙を流すばかりだった。

中学生になってクラスはばらばらになり、もめ事もいつの間にかおさまった。
時々廊下やいろんなところで会うと、たんちゃんは何事も無かったように、私に接してくれた。
つまり、今まで通り、にぶい、とか、ぼーっとしてる、と言われた。
でも、それまでに言われてた時と違ったのは、言われたときの私の気持ちが変わっていた事だった。
これは、たんちゃんの愛情表現なのかもしれない、そう思えるようになった。

だけどやっぱり、あの時のことを思い出すと胸が痛む。
誰かを傷つけてしまった後悔はそんなに簡単に消える物じゃないんだね。
どうしてあの時、たんちゃんの事きらいじゃないよ、ってにっしんたちの前で言えなかったのかな。

もしかすると私は、
たんちゃんの事を恨んでた?
そうだとしても、私は、だれかの言葉に便乗するべきじゃなかったんだ。
たんちゃんにされた事がいやなら、自分の言葉でちゃんと伝えるべきだった。

たんちゃんごめんね。




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