弓月雪夜

たまに、おはなしを書いています。 ◆短編の缶詰→ 1話完結型詰め合わせ。 ◆エンプティ…

弓月雪夜

たまに、おはなしを書いています。 ◆短編の缶詰→ 1話完結型詰め合わせ。 ◆エンプティ・レコード→ とある飼い主と、とある飼い猫の連載小説。 ◆2022 文披31題→ ノスタルジックな夏を詰め合わせた140字小説集。

マガジン

  • 短編の缶詰

    【1話完結型】短いおはなしを詰め込んでいます。

  • 2022 文披31題

    お題の言葉を使わずにお題を表現。とある(いくつかの)日、どこかの、だれか(たち)の夏を切り取った、140字小説集。2022/7/1~7/31 「文披31題」企画参加作品

  • エンプティ・レコード

    【完結済】記憶は再生されていく。とある飼い主と、とある飼い猫。レコードが回るように、互いの視点で語られる、かつての記憶。2021/11/1~11/30 「ノベルバー」企画参加作品

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案内板

◆過去作https://mypage.syosetu.com/261103/ ※別名義です。 ※更新の予定はありません。 *詩 3篇 https://ncode.syosetu.com/s9729a/ *短編 2本 ・ファンタジー→ https://ncode.syosetu.com/n4172bh/ ・ほんのりシリアス→ https://ncode.syosetu.com/n3329bi/   *完結済の連載 2本(人外×少女) ・シリアス→ https://

    • 春の雷 ーはるのらいー

       無窮の闇を旅している。  何光年、あてどなくめぐり、通り過ぎた。彼方に自分と同じ小惑星がちらほらと見えたこともあるが、出会ったことはない。  ひとりきりで、自分の終わりも知らぬまま、果てなき闇を渡っていく。  恐ろしいものは何もなかった。闇は生まれたときからすぐそばにあり、そのなかを進んでいくことはさだめられたことだったから。  だからあんなにも美しい光があることを知らなかった。それを光とよぶことさえも。        *  いつからそこにいたのか。  軌道のむこう

      • 六月六日

         古い絵描き歌をくちずさむ。おぼろな記憶をたぐるように、窓ガラスに直線と曲線をえがいていく。指先がたどる、青い夜の縁。  彼女は記憶について考えている。「記憶」とは、何だろうか。 「私」という個体は今日も続いている。続いているということは、永続的ということだ。  しかし記憶は断片的だ。一秒ものがさず、記憶していない。とぎれている。  絶え間なく在る「私」、からこぼれおちた記憶、は果たして「私」なのだろうか?  ノイズのように、ラジオが梅雨入りを告げた。  新しい季節の

        • 2022文披31題 ~つづきもの~

          いくつかの日、どこかの、だれかたちの夏 1 ソーダ水の予感 Day3「謎」 “ソーダ水がはじけて、あなたがうまく見えない” そんな流行りの歌が、つけっぱなしのラジオから流れている。 夜の底を、自転車で駆け抜けていく。 うまく見えないのは、まだ始まっていないから。 もしも淡い期待がかたちをもったら? ラジオは明滅している。なにかのサインのように。 Day17「その名前」 “ソーダ水がとけたら、あなたをさがすの” そんな流行りの歌が、つけっぱなしのラジオから流れている。

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        • 短編の缶詰
          10本
        • 2022 文披31題
          2本
        • エンプティ・レコード
          30本

        記事

          2022文披31題 ~よみきり~

          とある日、どこかの、だれかの夏 Day1「黄昏」 空気さえも紅かった。 ひろがる空は薄青と朱色のグラデーション。まだ熱気を残している道を歩く。 沈みゆく太陽が、さよならを告げるために雲を黄金色に輝かせた。 燃えるような夕陽、影絵のような大樹。 ひきのばされた、まどろみに似たひととき。 やがてそれは、歌人がたたえた夜へと至る。 Day2「金魚」 水のなかを、ひらり、ひらり。金、銀、赤、黒、かろやかに。 風が吹きぬける縁側、青くふちどられたまるいガラスの世界は、それだけで

          2022文披31題 ~よみきり~

          出口のない箱庭

          Side out  それは美しく完成された世界だった。すべてが調和した、本物のような偽物。ここにある砂は、いつかあの子を潤すだろうか。穏やかに閉じられた庭で、今も眠った夢を見ている。  けれど、ときどきふと思うのだ。  眠った夢を見ているのは、ほんとうにあの子だろうか。  もしかして、それは、わたしなのではないだろうか。  ほんのすこし黒い――焦燥がよぎる。  あの子のことについてのいくつか。  あの子は箱庭で暮らしている。  ゆっくりと静かな時間を慈しみ、醜いものを知ら

          出口のない箱庭

          アメイジング・クッキング

           物語はここから始まる。  どこからか?  それは私が気まぐれに振り絞った勇気から始まる。  最近知った喫茶店で、私は今日もその画面を眺めていた。  壁の高い位置に掛かっている液晶テレビ。映っているのは、パステルカラーの食器棚や鍋、スプーンのたぐい。カメラはよどみなく人の手元を追っている。  その指先は料理をしていた。今日はどうやらお菓子を作っているようだ。このまえ来たときはドリアを焼いていたのだが。  私が食い入るように画面を見つめている間に、ふわりと香りを漂わせて紅茶が

          アメイジング・クッキング

          青藍、君を覚ゆ

           あまり長居はできない。  いつもそう言い聞かせて、病院の自動扉をくぐる。  千沙は花が嫌いだ。  どんなに美しい花でも、しかもそれが快癒を願う花束であっても、活けるのが面倒だ、数日続く世話も面倒だ、と言う。あげくには、いずれ枯れる生ゴミを持ってくる神経がわからない、と突き放す。入退院を繰り返しているから、そういった「ありきたりなお見舞い」に飽いたのだろう。  疫病が流行っていた。いや、今のところ治療薬らしきものも開発されていないので、現在進行形で流行っている。  だか

          青藍、君を覚ゆ

          最終話 はなむけ

          第1話「01 鍵」 前話「29 地下一階」  光がするりととけた。暗闇が覆う。  それは悼みであり、痛みであった。  けれどもあなたはあなたの意志で、すでに踏み出していた。あなたが思う、あなたにとっての前へ。  あなたはおそれながらも歩みを止めないだろう。あなたは知っているから。  それは水がめぐるように。ただひとつの命。たからもの。  歩き続けるあなたの頬に、やがて苹果に似た色の光が寄り添う。  光が満ちていく。洗われた、まっしろな光。響く音は、さざなみの音。

          最終話 はなむけ

          29 地下一階

          第1話「01 鍵」 前話「28 隙間」  祈りのかたちに握りしめた指の間から、仄青い光が漏れていた。光は暗闇を放射状に照らしている。  胎児のように丸まった体が、ほどけるように伸ばされていく。やがてぽつんと独り、暗闇の中に立った。  鍵は行く道を示すように、ふるえながら輝いている。  ずいぶん長い間立ち尽くしていた体が、小さく一歩を踏み出した。  足音はせず、影もなく、自分が前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか、上を向いているのか下を向いているのか、判然としない。

          29 地下一階

          28 隙間

          第1話「01 鍵」 前話「27 ほろほろ」  その掛け布団は、ぴったりと閉ざされていた。  質のいい羽毛布団は四つにたたんでもふくらむばかりで、折り目らしきものは見えない。  飼い主はそっと、その隙間に手を差し入れた。途端に、眠りを邪魔された反撃とばかりに、渾身の猫パンチが隙間から飛んできた。  ちょっかいを出した飼い主の、からかいぎみの笑い声が響く。  その掛け布団は、ぴったりと閉ざされていた。  飼い主はそっと布団の隙間をうかがう。猫は息をしていたが、目を開け

          27 ほろほろ

          第1話「01 鍵」 前話「26 対価」  あなたの手の中で、仄青い水の鍵はふるえている。 「一番大切で、一番思い出したくないことを、あなたは話しませんでした」  あなたは祈る。そのてのひらに、いっとう大切なものを隠したまま。 「どうか許してください」  あなたの顔は見えない。  泣いてもよかった。  悼みは痛みのままで。  そこから咲き、散り、沈む、花を。 「あなたをおいて、逝ったことを」  仄青く、あなたは崩れていく。  ――ほろほろと。 第28話「28

          27 ほろほろ

          26 対価

          第1話「01 鍵」 前話「25 ステッキ」 「水はめぐるものですからね」  あの猫に言ったのと同じ言葉を、あなたにも告げた。あなたはあの猫が言ったとおり、物分かりが良かった。 「水がめぐるように、命は廻ります。もう一度めぐり逢うために、まっしろにするのです」  あなたは眉ひとつ動かさず、聞き入っている。 「それはまるでやわらかな雨に濡れるように、ゆっくりと咲いて、静かに散ります」  あなたは察しも良く、小さくうなずいた。 「あなたの猫はまっしろになり、ひとしず

          25 ステッキ

          第1話「01 鍵」 前話「24 月虹」  そろそろこの旅も終わり、そうでしょう?  最初に会ったときから、なんとなくわかりますよ。  神様って、あまり手ぶらのイメージがないんです。だいたい何かを持っている。  あなただって、ほら。  古い――立派な木でできているんだろう、と思いました。ちょっとカサカサしていて、でも使い古した光沢があって。  そうですね、魔法使いという選択肢もありましたね。どうも箒のイメージが強くて。  いえ、どちらであっても、かまわないですよ。  

          25 ステッキ

          24 月虹

          第1話「01 鍵」 前話「23 レシピ」  雨が降っていたんですね。ずっと建物の中にいたので、気づきませんでした。  しとしとと降る雨は好きです。やわらかく降る雨の音を聴きながら、あの子とよくうたた寝をしたものです。  ああ、虹。  すごい、始まりも終わりもちゃんと見えている。とっても近い。珍しいですね。  虹って、神様が下界に渡るときに出るそうですよ。  蛇だと思われたり、魔物だと恐れられたり。雨上がりに必ずしも出るわけではないから、昔の人にとってはとても神秘的

          23 レシピ

          第1話「01 鍵」 前話「22 泣き笑い」  りんごを切って、芯を取り、小さく切る。  鍋にりんご、砂糖、バターを入れて、水分がなくなるまで煮る。  りんごをパイ生地に並べ、オーブンで焼く。  これは、アップルパイのレシピですよね?  たしかに、アップルパイは紅玉で作りますが……。  初めてです、他人を慰めるために、レシピを持ち出してくるひとを見たのは。  でも、苹果はいいですね。すこし落ち着きました。  だって、苹果はみんなで分けるものでしょう?  あのパシフィ

          23 レシピ