舞台『ETERNAL GHOST FISH』雑感

西田大輔氏の手がける『ONLY SILVER FISH』シリーズの第4弾となる最新作である。
期間は2023年10月13〜22日。新宿の紀伊國屋ホールで上演された。

シリーズにはどれも、通称オンリーシルバーフィッシュと呼ばれる世界でただ一匹の魚が登場し、その魚の名を当てることが出来ればたった一度だけ大切な過去を振り返ることができる。そして、もう一度選択をすることができる、というルールが存在する。
私は『ONLY SILVER FISH』『+GOLD FISH』を配信で視聴したが、この二つの作品はアガサ・クリスティ本人とその作品をオマージュしたもので、戦争と密接に絡んだ史実をテーマにした今作は、それらとはだいぶ色味が違ったように思う。

『ETERNAL GHOST FISH』

このタイトルを何と読み解くか。
西田氏のミステリー作品は、基本的にはどう解釈しても筋が通るように作り込まれている気がする。その人がその人の世界観で見たまま、それが解で良いと。それ自体が多分、私たち観客へのメッセージになっているのだ。
しかし、そうは言っても〝西田氏は何を思ってこの脚本を書いたのか?〟それを知りたくなるのがファン心理というものであろう。果たして、その答え合わせが円盤で行われるか否かは分からないが、ここでは〝私が受け取ったもの〟について述べてみようと思う。
複雑な論理展開は元来得意ではないので、飽くまでも印象の話がメインになるが、数ある中のひとつの景色として楽しんで頂ければ幸いである。

* * *

一度動き出したら、自らは止まることができない永久機関。まるで時の歯車のようなそれを、中華圏最後の皇帝である溥儀がその手で停めるシーンから物語りは始まり、ラストシーンではその夫人婉容が永久の眠りに就く。まるで全ては夢だったのだと云わんばかりに。

誰かの白昼夢のようでもあり、記憶のようでもあり、まるで水の中からきらきらと揺れる水面を見上げているようでもある作品だった。
劇中では、何度も何度も同じ場面が繰り返される。招待状に応じて集まる総勢12名が、ラストエンペラーたる溥儀の生涯をシネマとして撮影するのだが、その最中、何度も溥儀は暗殺され続ける。
その壮絶さに息を呑むも、気がつくと時間が巻き戻り、先ほどまで見ていた景色とは少し違う展開が繰り広げられる。
夢と現実が入り乱れ、何が事実で何が真実なのか、全ては幻なのかすら分からない。それの繰り返し。

戦争。人の命、ひとりの人生。
本来はかけがえのないはずのものが今よりもずっと軽く扱われた時代に、入り乱れる思惑の中で翻弄される溥儀と婉容。その数奇な運命が分かりやすい悲劇ではなく、オンリーシルバーフィッシュという人外のフィルターを通すことで幻想的で不思議な色味を帯びた世界観の中で描かれていて、観終わった後にはとても不思議な感覚が残った。

途中、水槽に閉じ込められて永遠にそこから出ることが出来ない魚のことを溥儀と婉容がそれぞれ自分に重ねるシーンがある。彼らはその特殊な生い立ちから、青年期までの大半を紫禁城で過ごしていることが史実として知られているが、まさにその境遇が海に出ることも叶わず、ただただ美しい水槽の中に一生閉じ込められて誰かに利用され続けるオンリーシルバーフィッシュに投影されているのである。

溥儀は幼少期に第12代清朝皇帝となるが辛亥革命の際にその地位を追われ、後に満洲国の皇帝として即位している。皇帝陛下と敬われはしても、実態は日本による傀儡政権。真の皇帝どころか、一人の人間として自由に生きる尊厳すら奪われながらも、清国の再建だけを夢見て生きてきた人物である。
婉容はそんな溥儀の許に若くして嫁いできた妻であり、溥儀は自分と同じように閉鎖された世界の中で生きてきた彼女のことを写し鏡のように感じていたのだと思う。しかし婉容は阿片に逃げ、他の男に一時の安息を求めてしまう。それが溥儀にとってどれほどの絶望だったのかは想像に難くない。

あれは誰のための物語だったのか。
果たしてあの美しい魚は本物だったのか。

重要な設定が明言されることのない作品の中で、ただ一つ、「揺蕩うのだ」という溥儀の言葉だけが真実だったように私は思う。
溥儀が、婉容が、そして当時の政界の重要人物たちが、何を夢見て何処を目指したのか。果たして辿り着ける場所はあったのか。それぞれが容無きものを探して、真夏の陽炎のような過去の時間を揺蕩う。
私たちはその束の間に触れたのではないだろうか。

雑感と題しているだけあって、ミステリー的な要素には何一つ触れていない感想だが、今のところ私の中ではこれで落ち着いている。
織り込まれたギミックを読み解くよりも、悲しいはずなのに根底に慈しみを感じる、あの不思議な読後感に今暫く揺られていたい。そんなところだ。

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それにしても、推しの演技は凄かった。
幼少期より俗世から隔離され、高等な教育を受けてはいてもどこか情緒が成熟しきれていない、そんな皇帝陛下の揺らぎをあんなに出せることある?あとめっちゃノーブル!と真顔で拍手した次第です。
鈴木勝吾さんは元々推しなので欲目もある。…ありますが、そんな私の阿呆な感覚を差っ引いても素晴らしい役者さんだと思っております。

あと、密かに大好きな玉城裕規さん。
初めて出演されている舞台を拝見したのはペダステでしたが、その時からお見掛けすると嬉しい役者さんの一人です。今回も緩急の付け方が絶妙で、皇帝陛下からのお手袋隊からの石原莞爾って狡すぎませんかあの落差が!キュートなのに格好良くて、ご本人のお人柄もとても好きです。

そして西田大輔さん。
舞台上にいらっしゃると安定感が違います。その包容力からか、他の役者さんが安心しきって好き放題やりよる!みたいな雰囲気もとても楽しくて。
実は先般のDCDイベントでゲスト参加されているのを拝見して大好きになってしまったので、プレイヤーとしても板の上に立たれる今回の舞台をとても楽しみにしておりました。
脚本に関しては『Arcana Shadow』の演出を観て以降、頭を抱えるほど好きになってしまったので、果てしない上演時間で尻が犠牲になろうと一生ついていきます。

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推しの話を挟むと途端にIQが低くなることは自覚しているが、得てして推しとはそう云うものであるから仕方がないと思っている。

兎にも角にも、円盤の発売がとても楽しみである。

既存の価値観や人としての在り方が大きく揺らいでいるこの時代に、過去を揺蕩って己の中の真実を探す…そんな作品に出会えたことも、また運命の一つのような気がしている。

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