舞台「Arcana Shadow」備忘録ⅵ

最近、学科も実技も期末試験に追われて、何故か週7日仕事だったりもするので物理的に時間が無い上、疲労で身体がズタボロでびっくりする。奥歯が痛いし、今朝なんて蕁麻疹まで出た。
が、諦めない。書き切るのを諦めないぞ私は。


◆前半クライマックス〜幕間

さて少し時間は戻るが、今回は道長陣営に伊周の刺客が現れたところから振り返っていこう。
いや、道長様。この時点では一応まだ致頼がいるわけで、後ろで守られているものかと思いきや自らも抜刀するではないか。しかもビジュアルが出た時点から何となく予想はしていたが、めちゃくちゃお強い。何度でも書くが、この殺陣が本当に美しいのだ。
鈴木氏の日本刀の殺陣は最近だと『仁義なき幕末』『薄桜鬼』、西田作品を遡れば『瞑るおおかみ黒き鴨』で見ているのだが、そのどれとも違う。一撃ごとの重さは確かに感じるのに、まるで艶やかな舞を見ているような。まさに言葉のまま、優美かつ苛烈なのだ。線が細い頃から体幹はしっかりしていたが、特に今回は上半身が安定したことでそこに重厚感が加わり、自らの裡のあらゆる感情を殺し世を統べる決意をした覇者〝藤原道長〟を体現するが如き殺陣になっていた。正眼で構える時の視線の強さ、曲線を描いて威力を増す太刀筋、時々袂を押さえる品の良い仕草、煌びやかに舞う衣装の裾…何もかもが。もう二度と、映像ですらあの殺陣を観られないことが、心底惜しくてならない。

対して、致頼の殺陣は速くて粗野、荒々しさが目立つ。口癖は「めんどくせぇ!」
イメージシーンの段階から頼信は道長に刀を授けられるが、致頼は伊周と頷きあうなど、そもそもが対局の二人の部下。初登場の忠行の尋問シーンから致頼は腹に一物抱えているのであろうことが伺える。
冒頭の場面の見せ場の一つに、致頼が忠行に刀を突き付け、それを向かいにいた道長が首を竦めて交わすシーンがある。これは互いの絶妙な信頼関係の証とも取れるが、後から考えれば、致頼は「こんなことで斬られて死ぬなら、そこまでの器だったということだ」くらいのつもりで刀を振り下ろしていたのだろう。同じ行動でも、回を重ねると全く違う側面が見えてくるのが面白い。
推しがそこにいるのでいつもその二人にばかり目を取られてしまっていたが、今思えばその時の頼信の表情も確認しておきたいところだった。

さて、その致頼が道長を裏切り、満身創痍の道長が絶体絶命の危機に陥った時。
奇しくも十六夜童子がその場所に顕現する。この時点では誰と言の葉を結び召喚されたのかは明かされないが、術者の元ではなく道長の正面に現れたことがまさに二人の因縁の象徴だったのではないかと思う。
しかし、十六夜童子はかつてヤマトとして生きた記憶を失っており、ほぼほぼ物の怪と化している。周囲の兵たちを薙ぎ倒しめちゃくちゃに暴れ出す上、道長に対しては「お前のことは知っているような気がするぞ」と執着し、衝動のままに殺そうとするではないか。道長様ずっとピンチじゃん!と思ったのも束の間、そこに晴明からの思念が届く。
「お逃げ下さい、道長様!」
「晴明か!?」
応じる道長。晴明はその場に式を二体召喚し、時間を稼ぐ。その隙に道長は命からがら窮地を脱するのだが、直前に十六夜童子に斬られ倒れていた致頼を担ぎ、何と客席に降りてくるではないか。推しが走り抜けた後、周辺の空気が動いた。鈴木氏のことはコロナ禍から推し始めたので、客席降りの演出は本当に久し振りだった…というか、個人的に目にするのは初めてだった。たまたま通路側の席にいたこともたり、あやうく私が死ぬところだった。本当に危ない。
そんなことに気を取られているうちに、十六夜童子はあっという間に式たちを薙ぎ払い、道長の後を追って消えた。

ここで、伊周陣営に話が移る。
「この戦い、本筋とは全く関係ない気がするし!」などというメタ発言をしながら、伊周、頼信、六合が杠に立ち向かっている。否、逃げ回っている。
この三人の取り合わせがとにかくコミカルで、出てきてくれると場が和むのだが夜モードの杠はもはや化け物である。
「お前らの血を寄越せえェェ!」
ひらりひらりとその猛攻を交わしながらも、どうにもできない三人。「お前助けに来たんじゃなかったのかよ!」と責められるも、六合は「あっしは時間を稼ぎに来ただけですので」の一点張り。
そこへ、唐突に忠行が現れる。時系列的には二人の弟子から掻っ攫うようにして十六夜童子を顕現させた直後のはずだが、その疲労を殆ど見せていない。観劇二回目以降だと、術力・智力共に兼ね備えた最強の陰陽師は実は師匠なのでは…と思ったりもするのだが、忠行はあっという間に杠を鎮め、道満のもとに向かわせる。
「美味しいところを持っていきすぎだろう!」と憤る伊周に対し、「あなたはここで待つのです」と厳しい口調で諭す忠行。何故だとごねる伊周に、忠行はさらに告げる。

「藤原道長は、死ぬからです」

その瞬間の伊周の表情は、少なくともしたり顔ではなく微妙な憂いを含んでいた。しかし哀切というには情が足りず、そうかと言って悲しみを含んでいないかと言えばそんなことはない。恐らくは遠い過去の記憶に影響される深層心理までもを加味した伊周の複雑な心境が、あの一瞬の演技に全て集約されていてゾッとしたのを覚えている。

ここで、また道長が十六夜童子に追われている場面に戻る。鈴木氏の演じる役がここまでボロボロになるのは珍しいような気がするのだが(どちらかというとメンタル的にHP0の役が多い気がするものの、そういえば官兵衛も伊達もズタボロだったか)二列目下手で観ていた日は、少なくとも五回は目の前に推しが転がってきて、なんだこの席神席だな!!と思っていたことを白状しておこう。
さて、必死に逃亡するも、遂に追い詰められてあわや刀が振り下ろされようとした時。シャラン、という透き通った音と共に姿を現すのが望月である。突然現れた彼女の、この世のものとは思えない静かな透明感に居合わせた誰もが動きを止める。殊更反応を示したのは十六夜童子で、「お前は…」と思わず手を伸ばすが、望月はそれを素通りし、「やっと会えた」と道長を抱き締める。
一瞬呆気に取られた道長の、

「お前は…、誰だ?」

という問いかけが、深い眠りに就いていた因縁を呼び覚ます第一声になる演出が、本当に、本当に好きだ。
刹那、道長の中に沸き起こる、訝しむような、懐かしむような、それでいて自分の中に生まれた感情の揺らぎを心底不可思議に感じているような、複雑に絡み合った情動をたった一言の演技で魅せてくる推しはまさに芝居の申し子だと思う。安西氏といいコンビなのが分かるような、分かるのも悔しいような。
そんな二人を呆然と眺めていた十六夜童子が、ぽつりと呟く。

「お前は、今もそいつを守るんだな」

この台詞の意味するところはつまり、まだ完全でないにしろ、十六夜童子はかつての記憶を取り戻しかけていることになる。
道長も、その切っ掛けとなった望月自身でさえ自分が何者であるかという考えには至らぬ段階で、何故十六夜童子だけがという疑問はあるのだが、それについては仮説を立てたので後ほど語ろうと思う。
兎にも角にも、それを塩に十六夜童子は引き上げていく。結果的に命拾いした道長と致頼。

その後、道長は自身の命を助けた望月を客人として迎え入れるが、道長の傷が癒える頃、彼女は姿を消そうとする。望月が何者であるのか、何故自分を抱きしめたのか、その答えを示せと道長に問われても、望月は分からないと首を振り続ける。自分が探しているものは〝式神の本質を表す言の葉〟だけではない、いつまでも此処にいるわけにはいかないと答える望月に、「それならば言の葉を残していけ」と道長は告げる。
「お前が、名前の通りに翌朝には消えてしまう存在であるというのなら、そうではない別の名を与えよう」
こうして望月あらため紫は女官として暫し宮中に留まることと相成り、一幕が終了するのである。

◾️望月と紫

望月の〝紫〟が紫式部から想起されているのであろうことはお察しの通りである。
彼女が伊周に対して詠む

めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな

この句がそのまま、かの有名な紫式部の歌であるからだ。しかし、では紫式部そのものであったのかと言えば、それは違うような気もする。
そもそも先程の歌が読まれた状況が史実と異なるし、少なくとも私の知る古典の紫式部は、清少納言を非常にライバル視しており、その悪口を書き連ねたものなども文献として残っていたりする。この『紫式部日記』が恐らく道長の「宮中の醜聞でも書いてみるか?」という言葉に掛かってくるのだが、彼女は静かに首を振って否定している。
さらに、仮説の域は出ないものの紫式部は道長の愛人だったという説もある。これについては今作における二人の関係性を見るに否とも応とも言えない感があるが、私の目から見た道長は、覇権争いの中で孤独に生きてきた自分の琴線に初めて触れた存在として紫に心を向けているように思えた。一方の紫から道長に向ける感情は親愛であり慈愛、どちらかというと恩義にも近い感情のような気がする。そもそも〝望月〟は人間の枠組みから外れた存在であり、道長もそれを理解している。それでもそこには確かな〝想い〟があり、それは〝祈り〟であり、〝愛〟でもある。
この、絶妙な情緒の交流が本当に美しいのだ。望月は人の形をとっているけれど、私には道長が一人、月影に優しく浮かぶ白い花を愛でているようにも見えた。それを辛うじてこの世のものとして留めるのが紫という縁の名とは、心の裡にどんな景色を持っていたらあのシーンを描き出せるのだろう。

『Arcana Shadow』の世界観は、本当に壮大な絵巻物だった。思い出すにつれてもう一度浸りたくなるのだが、それはもはや叶わない。

世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし

今回は古今和歌集からこの歌を引用して締め括ろうと思う。

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やっと一幕の終わりまで書き終わりました。
出来ることなら台本が欲しいし、何なら裏設定について一昼夜かけて西田氏に怒涛の質問をしたいものですね。。。


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