【コラム】充足の訓練
はじめからやや重ためのことを書きます。
俺の父方の祖父母はもう鬼籍に入っています。
二人とも九十歳手前で旅立ちましたが、晩年は祖父母ともに認知症がひどく、体の具合も優れませんでした。
はっきりいって、たとえ俺が長生きしたとしてもこんな風になりたくない、と思ってしまいました。
また、このほど親戚のおじさんが七十代で亡くなりました。
癌だったとのことです。
人生100年時代にしては早世かもしれませんが、認知症や長患いをしていたというような話は聞いていません。
俺も36歳、新人中年として、晩年の生き方に思いを馳せるようになりました。
当然、いつ寿命が尽きるか、ボケるのかボケないのか、ピンピンコロリなのか長患いするか、わかりません。
だからこそ、日々充足することを大切にしたいと心から思います。
そして、充足感はタイムスリップして味わうものではありません。
いまこの瞬間、充足する練習をしておけば、未来の自分も充足感を味わっているはずです。
寿命うんぬんは関係ありません。
じゃあ山治田はどうなんだ、といいますと、いまこの瞬間、好きな音楽を聴きつつ記事執筆をして、ささやかな充足感を味わっています。
前半部分で暗い話題を引き合いに出しておいてなんですが(笑)この調子でいくと、読書執筆しようが、絵でも描こうが、なにをしても充足できると思います。
書いていて思ったんですが、お金もかけず未来の自分を充足されられるなんて最高の自己投資じゃないでしょうか?😌
程度の差こそあれ、練習が必要なことだとは思いますが、やってみる価値はあると思います。
どーーーーーーしても憂鬱で仕方がない時期も確実にありますけどね!🤣(笑)
最後までお読みいただきありがとうございました、またお気軽にお越しくださいませ♪