見出し画像

第22話 お見合いと整理Ⅱ

 あやのとあさひは、カフェでの昼食ののち、海岸線へと足を進めていた。海が近くにあり、きれいな砂浜があるこのエリアは、夏場はもとより秋の初めまではデートスポットである。
 観光地ということもあり、観光客も夏場は多く押し寄せ、足の踏み場もないほどの観光客になる。そんなことから、いずみたちは避暑地となる白百合島へといくことになっていた。
「結構、夏場は混むのよね。この辺」
「そうなんですね。だから、あの時。一緒に白百合島へと連れて行ってくれたんですね」
「そうよ。あさひちゃんだけ置いて行っても、暇だろうし。それに……」
「それに?」
「あさひちゃんが、あの人だかりに一人でビーチに来ようものなら、容易に想像がつくわ……」
 あさひも想像してみた。夏場の混雑の中、ビーチへとひとり。しかもあさひの容姿であれば、確定でナンパされることが間違いなしだった。そして、襲われる未来が容易に想像できた……
 そのシーンを想像したら、一気にゾッとしたあさひは、あの時に白百合島へ一緒に行って心底よかった。と思ったあさひだった。
「まして、あさひちゃん。前、男の子の水着を着て、温水プールに行ったときのことを覚えてる?」
「あぁ。あれですか」
 それは、白百合荘へ来たことを祝って、近くにある温水プールへと行った時の事である……
 その日、学園では女の子として生活していたが、私生活では女の子としてではなく、普通の男の子として、生活していた。
 白百合荘へ来た歓迎会を兼ね、温水プールへといずみ・あやの・みやびと一緒にあさひも訪れていた。そして、いつものように男子の更衣室で着替え、プールへと行きいずみたちと待ち合わせしていた時。プールの監視員があさひの前に現れて、第一声。
「!!!!」
「そこのあなた!なんて格好をしてるの!ちょっと来て!」
「えっ?」
「あなた、『女の子』でしょ?大きくなったんだから、ちゃんと、隠しなさいよ!こっち来て……」
「いや、僕……」
 それから数分後……
「あれ?あさひちゃん、まだ来てない?」
「そうよね?私たちより、先に入ったよね?」
「お、お待たせしました……」
「あさひちゃん、おそ……」
 いずみたち三姉妹が、絶句したのも言うまでもなかった。男の子として着替えたはずのあさひが、『女の子の水着』を着ているのだから……
「ど、どうしたの。それ……」
「実は……」
 事の次第を説明したあさひは、何か大切なものをなくしたような気分になった。そんなことが、白百合荘へと来て早々に経験していたこともあり、私生活でも『女の子』として生活するようになるキッカケにもなっていた。
「そもそも、あの時。女の子として間違われたから……」
「そうよね。あの一件で、私生活でも女の子として暮らすようになったんだよね」
「そうですよぉ~。全く……」
 ガックリと肩を落とすあさひ。その姿が、いつにもましてちっさくかなったことで、あやのは、かわいさに抱き着く。
 柔らかな手足と、スベスベの肌。そして、小っちゃいながらにも骨格はしっかりと『男の子』をしている。かわいいながらにも、ところどころに『男』を感じさせるあさひ。
「ちょっ。あやのさん?」
「ん~。あさひちゃんは、かわいいなぁ~」
 あさひの容姿も相まって、ほかの人からすれば姉妹のように見えるあやのとあさひ。当然、すれ違う観光客などは、仲のよい姉妹のように見えている。
「やっぱり、僕とあやのさんって、姉妹なんでしょうね」
「ん?どうしたの?」
「これでも、僕。男の子なんだけどなぁ。デートしてるんだし、カップルに見られても……」
「不服?」
「それは……。まぁ」
「その格好で?」
「それは……」
「クスっ」
 頬を膨らまして、女の子の格好をしたあさひ。デートではあるものの、これでカップルに見られたら、うれしいだろうけど世間一般ではそうは見られない。男女でのカップルであれば、デートとはみられる。しかし、あさひが男の格好をしたからといって『カップル』にみられるかといえば、疑問が残る……
 それでも「男の子」のあさひは、デートの時くらいは男の子として見られたかった。しかし、普段から女の子の姿になれてしまっているということもあり、悩んだ結果として結局女性ものを着用しているのだった。
「あさひちゃんは、そのままでいいよ」
「えぇっ。でも、せっかくのデートなのに……」
 あやのの心の中では、このまま手放したくないという感情やいずみの見合い相手にするのではなく、自分の彼氏になってもらうことすら芽生える。でも、それは不可能なことで、諦めるつもりでのデートだった。
「ええぇぇぇ~ん」
 そんなことを考えていたあやののそばで、子供のなくこれが遠くから聞こえてきた。その声は、あさひもすぐに気が付いた。
「こどもかなぁ?」
「そうかも……」
 それまで、ふたりで海岸線を散歩していた二人の少し先に、3歳前後の子供が親とはぐれたのか、しくしくと泣いていた。駆け寄ったふたりは、子供と目線を合わせてどうしたのか尋ねてみる。
「どうしたの?おかぁさんとはぐれた?」
「うん」
「お姉さんたちと、一緒に探そうか」
「うん」
『お姉さん“たち”って……』
『仕方ないでしょ。この子からしたら、女の子なんだから……』
『まぁ。そうですね……』
 その子供をふたりの真ん中にして、男の子と一緒に母親の姿を探す。子供の視点からは、どうしても遠くまで眺めることができない。そんな様子に、あさひは機転を利かせ、男の子を堤防の上へと、両脇を抱えて乗せてあげる。
「ほら、ここなら高いから、少しは遠くが見えるね」
「うん」
「それと……」
 子供が「男の子」ということや、自分と重ねたあさひは、男の子に諭すように言葉を続ける……
「ほら、男の子なんだから、もう泣かない。お母さんに見つかった時に、泣き顔でどうするの?」
「うん」
「ほら、涙。拭いて、ほら。お母さん探すよ」
「うん!」
 子供を勇気づけるあさひの姿を見ていたあやのは、容姿こそかわいい女の子だけど、そこには、しっかりと父親の片鱗をが見え隠れしていた。あやのは役員として、ほかの生徒の間違いを指摘したり、注意はできるあやの。ほかの生徒からの相談を受けることは多いが、親身になって相談を受けるものの、そこまで的確に支えることができないこともあった。
『あさひ“ちゃん”でも、男の子なんだね……』
 そんな様子を見るあやのは、つくづく思ってしまう。本当にいずみは幸せ者であることを……
 それから、男の子は無事に母親と再会を果たすと、ふたりに御礼を言いつつ楽しい笑顔が戻っていたようで、胸をなでおろした。
「ほんと、あさひちゃんって、子供に好かれるよね……」
「は、はい。まぁ、子供が好きっていうのもあるけど、前なんかは知らない子供に、『お姉ちゃん』って言われて、手をつながれたこともありましたが……」
「ははは。そんなことがあったの?」
「そうですよ。女の子だったんですけど、妹もいないのに、一人っ子だし……」
「一人子だったのね。あさひちゃん」
「そうです。だから、寮生活に若干。緊張はしてたんですけど、あやのさんたちが受け入れてくれたので……」
「そっかぁ」
 あやのは、あさひが来た時のことを思いだしていた。その当時は、あまりにもかわいかったことで、あさひの部屋に忍び込んだりと、思いだしただけでも赤面してしまう大胆な行動をとっていたあやの。
『あの頃の私は、どうかしてたなぁ……。あの頃に戻れるのなら、“やめて”って言ってやりたいわ』
 後悔先に立たずとはこのことで、あの時、どうしてあんなことをしてしまったのか、今思いだしても悶えてしまう……
「そういえば、あやのさん……」
「へっ。なに?」
「僕が白百合荘に来た翌日って……」
「えっ!そ、それは……」
 何とも言えないタイミングで、あさひもあの事を思い出す……。寝ぼけながらということもあり、うっすらとしか覚えていないあさひは、あの時添い寝していたのがあやのだと思っていた。
「あ、あの時はね。なんというか、気の迷いというか……」
「そうだったんですか?ものすごい積極的だった記憶があるんですけど……」
「うぐっ!それは……」
 よく考えると、あやのは最初からあさひに対して、想いを寄せていた。最初こそ不順な理由だったが、一緒に生活をするうちに変わって言った……
 生徒会役員の手伝いを始めたころは、色々と教えてあげたり手伝ってもらったりと、寮でも学園でも同じ時間を一緒に過ごすことが増えていった。共有する時間が増えれば増えるほどに、あさひへの想いは募っていく……
 それは、こうして普通に隣をあるいている時も、このままふたりで逃避行したい気分に駆られる。ふたりだけで、どこか知らないところでひっそりと生活するという、叶わない妄想を描く。
 そんな事を妄想していると、小高い丘の上にある公園へとたどり着く。目の前一面に開けた大海原は、あさひへの積み上げられて想いを解きほぐしていく……
 海が見えるベンチに腰を下ろした二人は、海を眺めながら一息をつく。
「今日は、どうしたんですか?いきなりデートだなんて……」
「えっと、それはね……」
 あさひには、今日のデートの本当の理由は、伝えていなかった。
『いずみとあさひちゃんを取りあった……、なんて言えない……』
 純粋な好奇心で、聞こうとしているあさひ。その姿を見ていると、その場を繕うために場を濁すよりも、内に秘めた思いを伝えてしまったほうが良いという気持ちが上回った。
「そ、それはね……」
「よっと」
「えっ?」
 意を決して、告白しようとしたあやの。考え込むために、少し前かがみになったところに、あさひが何かをしていた。その手には、ショップで購入した袋が握られていた。
「えっ?これ……」
「髪飾り。あやのさんに似合うだろうなぁって……」
「えっ。だって、その紙袋。いずみねぇに買ったんじゃ?」
「えっ?そんなこと、言いましたっけ?もともと、あやのさんにプレゼントするつもりで……」
「そうだったの?」
「ほら、お揃い。というより、色違いかな?へへっ」
 あやのがあさひの頭を見ると、自分に付けられたヘアピンとは色違いの、水色のヘアピンがあさひの前髪についていた。
「あやのさんのは、雫の飾り付きですが、僕はさすがに飾りなしで」
 手でそっと触ってみると、確かに雫のような飾りがヘアピンにあしらわれていた。夕暮れが近づく中、海の見える公園でふたり、お揃いのヘアピンをつけた二人は、カップルそのものだった。
 そして、先ほど言いそびれたあやのは、思い切って言うことにする。答えが自分に対してよくない返事であっても、わかりきった返答でも、受け止めるつもりだった。そして、立ち上がっていたあさひの背中に、あたまを当てると「ふぅ~」っと呼吸を整えて言い始める。
「えっ。どうしたんですか?あやのさん……」
「いいから、そのまま聞いて」
「は、はい」
「あのね。私、あさひちゃんの事が好き」
「それは、出会った時の一目惚れだったのかもしれない……」
「それでも、この気持ちに蓋をしようと、決めた……」
「それが、相手がいずみねぇだから……という訳でもなく、純粋に私が決めたこと」
「だから……。このまま、好きでいていい?」
 その言葉は、とても心地よく、そして都合のいい言葉だった。どちらも傷つかず、それでいて想いを伝らえれる言葉だから……
「いずみさんも、あやのさんもずるいです……」
「えっ?」
 あさひは、いずみとのことを思い出していた。あの時に更衣室で、抱きしめられつつ告白された時も、同じようなことをいずみが言っていた。そんなこともあり、あさひはこの言葉に敏感になっていた。
「そんなこと言われたら、僕も気になっちゃうじゃないですか」
「それまで、何の気なしに接してくれていた人にそんなことを言われたら……」
「それは……、ごめんなさい……」
「謝らないでください。僕としては、うれしいんですから」
 あさひは、これまで感じていた想いを、あやのに打ち明けた。それは、いずみの告白からずっと抱えてきていたことだった。そして、あさひの想いは伝えられないまま現在に至っていた。
 そんなこともあり、あさひの中では微妙な感じになっていた。“好きにならなくてもいい”は実に、都合のいい言葉だった……
「そんなこと……。できるはずがないよ……」
 その言葉は、あやのに対してではなく、いずみに向けて言われていたことは、容易に想像できていた。でも、あやのの中では納得がいっていた。
『これで、いいのよ。これで……』
 それは、単純なワガママでしかなかったが、あやのの腕の中のあさひは、あやのを頼っているようだった……
 そうして、ふたりのデートは幕を閉じていく……。そして、仲良くふたりは白百合荘へと帰宅する。それを、心配そうに待ち受けていたいずみが出迎える……
「まだかなぁ~。大丈夫かなぁ。ふたりとも……、あっ!」
「た、ただいま。いずみねぇ……」
「う、うん。おかえり。あさひちゃんも……」
「は、はい。ただいまです」
 そそくさと寮の中へと入ったふたり。その後ろ姿を、小指を咥えながら目で追いかけていたいずみの目には、ひとつ気になっていた……
「ヘアピン……」
 それは、いずみとあさひの間に、少しだけの隙間を生むことになる……

支援してくれる方募集。非常にうれしいです。