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第3話 否定することは簡単。しかし、受け入れ寄り添うことは難しい。

第3話のあらすじ。

 大学1年のサヤカは、どうしても言ってしまう‘口癖’があった。それは、この年代の人なら、誰しもがやってしまうこと。
「いやっ。無理だから…」
 否定することが口癖になっていたサヤカは、バックヤードでタカシの手伝いをする中で、どうしても否定する単語が口をついて出てしまうことを、悩んでいたのだった……

「ほらっ。サヤカも受け取って…」
「重いものは、男の仕事でしょう。それくらい頑張りなさいよ…」
「いやっ。手伝ってくれたっていいだろう。」
「だめ。ムリムリ。」
「はぁ。相変わらずだなぁ…」
 この日。タカシとサヤカは、バックヤードで棚卸をしていた。本来なら、マスターも一緒にやることが多かったが、別の倉庫を棚卸チェックしているため、この倉庫にはタカシとサヤカしかいなかった。
 そのため。タカシが高いところのチェック、サヤカがチェックリストにサインをしていた。タカシとしては、手伝ってほしい半面。女性に手伝ってもらうのも、という気持ちのせめぎ合いになっていた。

 そんなやり取りをしていると、二人の元にチェックを終えたマスターが来て、二人の様子を見るなりクスッと笑ってしまう。それは、いつもの賑やかな光景の先に、あの頃の自分を重ねてしまう。
『ふふっ。うちのも、ちっとも手伝わなかったなぁ~』
 バックヤードの入り口で、クスクスと笑うマスターに気が付いたタカシは、ちっとも手伝ってくれないと、マスターに助言を求める。
「マスター…サヤカがぁ……」
「ちょっ。なんで、私が悪いみたいにいうのよ。タカシがしっかりしないからでしょ?」
「ふふふ。二人とも、仲良しだねぇ。」
「なっ!? な、なんで…」
「ですよ、マスター…サヤカはちっとも手伝ってくれなくて…」
「はぁ? リストチェックを手伝ってるでしょ?」
 梯子を下りてもなお、二人は口論を始める。手伝ってくれないサヤカのことを言うタカシと、きっちり手伝っているということを伝えるサヤカと、暖簾に腕押しといったやり取りが続いていた。
「サヤカくんは、どうやら断ることが口癖になっているようだね。年頃と言えばそれまでなんだろうけれども…」
「ええっ。でも、ムリなものはムリで…」
「ふふっ。なにも、ダメとは言っていないさ。ちょうどいい時間だし、少し休憩に入るかね。」
「はーい。」
 マスターとタカシ。そしてサヤカは、午前中の棚卸をある程度で切り上げ、休憩の時間に入る。

 心地よいコーヒーの香りを愉しみながら、三人は休憩の時間を楽しむ。基本的にふたりはコーヒーが好きなようで、匂いに誘われてバイトに応募したのだった。あれほど口論していた二人も、コーヒーを嗜んでいるこの時ばかりは、口論がひと段落する。
「二人とも、コーヒー‘は’好きなようだね。ふふっ。」
「はい、それはもう。マスターの淹れるコーヒーに惹かれて、ここで働こう!って思いましたから。」
「あっ! それ、私も同じ。香りがいいんだよねぇ~」
「そうそう。」
 バックヤードでは、あれほど口論が続いていた二人も、ことコーヒーのことに関しては、意気投合しているようだった。
『なんだかんだで、言い争いはするが……』
『いいコンビだよ。タカシくんとサヤカくんは…』
 カップを傾けながら、コーヒー談義に花を咲かせるサヤカとタカシ。数度まばたきすれば、数十年前の自分を見ているような気分になってしまうマスター。
『ふふっ。年かなぁ~』
 コーヒーをすすりながら、クスッと笑うマスターは、バックヤードでの話を続ける。それは、サヤカにとっては少しだけ辛いことに他ならなかった……

「サヤカくん…否定することはダメというわけではないのさ、誰しもが予防するために否定から入ることもある。」
「でしょう。でも、タカシは……」
「まぁ、確かに。女の子に重いものはアウトだね。タカシくん…」
「ええっ。でもぉ、少しくらいは持っても…」
「ふふふっ。」
 タカシとサヤカのバイト達と話すと、マスターはついつい時間を忘れてしまう。この話す時間が何よりも楽しい時間だった。
「しかし、サヤカくん。‘否定’から入ることは簡単なのさ。誰でもできる。しかし、これが‘癖’にまでなってしまうと、捉え方が変わるのさ。」
「捉え方?」
「あぁ。物事や対峙するもの。すべての‘捉え方’が変わってしまうのさ。」
 否定から入ることは、決してダメなことではないことをマスターは知っていた。そして、それを繰り返してしまうことでより一層悪化してしまうことも……
「でも、タカシはぁ…」
「ふふっ。そのことに‘関して’は、サヤカくんの反応が正解なのさ。でも、ほかの事まで‘否定’で入ってしまわないかな?」
「それは…」
「すべての事柄に‘否定’する癖をつけてしまうと、いろいろと厄介になってしまうものさ、結果的に盲目的になってしまうのさ。」
 物事を否定からとらえるのは、重要なことで簡単にできる。しかし、それが当たりまえになっていくことで、事態はいろいろと厄介になってしまう。

「あれもダメ、これもダメということは簡単だし、楽なのさ。しかし、いざその事柄を認めようとしたとき、億劫になってしまうものなのさ。」
「こんなことはないかい? ほかの子が普通にやっていることが、自分には無理と感じてしまうこと…」
 サヤカは、一時考えて自分の身の回りの出来事を遡ってみる。すると、親友ができることも、自分ではダメと思ってしまうことがあった。
「あっ!」
「その顔はあるようだね。ほかの子ならできることも、自分では無理という考え。」
「はい、でも…それは。彼女だからできたことで…」
「そうかもしれないね。しかし、こう考えることもできないかなぁ。‘彼女ができるのなら、自分もできる’と。」
「それは……」
 誰かができることであれば、自分もできること。それは考え方と捉え方によって、いろいろと見え方も変わってくることをマスターは悟っていた。

「あれもダメと否定するのは簡単なのさ。だから、どこかのタイミングで、寄り添える見方をできるようになりたいものだね。」
「は、はい…が、頑張ってみます……」

 それからというもの、サヤカは億目を感じてしまうことでも、少しずつ積極的に行動するようになっていったのだった。

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