第2話 百合姉妹と百合男子

 いずみとあさひがリビングで白百合荘の説明をしているその頃。一足先にあさひの部屋に来ていたあやのとみやび。
「ねぇ。辞めない?いずみねぇもダメって言ってたし……」
「みやびは気にならないの?男の子だよ。きになるじゃん。」
「もう。あやねぇは。ダメっていわれると、歯止めが利かなくなる癖、なおしたほうがいいよ。」
 そんな、頭の中が異性に対しての興味で埋め尽くされているあやのは、面白いのはないかと、片っ端から荷造りされている段ボールを開け始めていた。
「な、なぁ。こんなの見つけた……」
「ちょっ!あやねぇ~それはダメだって!戻して……」
 あやのも初の異性ということもあり、たまたま見つけたあさひの下着を、にやついたまま持ち上げていた。
 当然。しっかりと洗濯はしてあるものの、異性に対しての興味が上回ってしまっているあやのは、なんとも言えない顔をしていた。
「まだ何かないかなぁ~」
「あやねぇ。やめなよ。いずみねぇもダメって……」
「あっ!これって……」
「また何か見つけたの?」
 みやびも初めて身近に越してくることになる父親意外の異性。年頃も同じなことから、少なからず興味もそそられていた。
 面白いものはないかと、家探しをするあやのは、本の中に紛れ込んでいた、ひときは薄い本を見つけ出した。

-あかりとくろのふたつの花-

 あさひが同人作品として、女性同士の恋愛を執筆した作品で俗にいうところの百合作品というものである。それを、あやのは荷物の中から見つけ出したのだった。
「これ、百合小説?今日くる子って。男の子だよな?」
「えぇ。いずみねぇからそう聞いてるけど……」
「でも、こういうのを読むのって、大体は女の子よね?」
「まぁ。いるとは聞くけど……」
 それまで、小中と女子だらけの中で育ってきた姉妹にとって、百合話は聞くが、男の子が百合に対して興味を示すということは聞いたことがなかった。
 それを見つけたあやのは、なんとも言えないにんまりとする顔は、いたずらを企てる少年のような表情にも見える。
「いずみねぇに知らせてこよっと。」
「いや、やめといたほうがいいよ。あやねぇ。」
「あっ。行っちゃった。どうなっても知らないからね。」
 るんるんと鼻歌を歌いながら、リビングに向かうあやのがのぞき込むと目の前には、いずみと見知らぬ女の子が抱き合っている姿だった。
「おっと、おじゃまだったかな?」
『あれ。なんでいずみねぇが女の子と抱き合って……』
『あれ?男の子だよな?今日来るのって。どう見ても女の子……』
 動揺したあやのの様子を後ろから見ていたみやびは、あやのの背中越しにリビングを覗くと、あやのと同様の反応をしていた。
「あれ?女の子なの?男の子って聞いてるけど……」
「そうよね?女の子にしか……」
 あやのとみやびから見ると、あさひの女性っぽさが相まってより百合イラストの表紙のような姿だった。
 ふたりの登場に慌てたいずみは、あさひと慌てて離れるとあらためてあさひのことを紹介した。
「ふたりとも、このひとが今野あさひさん。今日からここに一緒にすむことになるからね。」
「あさひです。よろしくおねがいします。」
 自己紹介をしあったあさひと三人姉妹。しばらくの沈黙の後、二女のあやのがその沈黙を破るように、ひと言あさひに質問した。
「あの。今日来るのは、男の子って聞いてるけど……」
 その瞬間。声には出さないもののいずみとみやびが『よく言った!』と言わんばかりの表情をしたのは、言うまでもなかった。
「よくいわれます。女の子にしか見えないって。」
「そうよね。女の子にしか見えないもの」
「あなたの部屋は、右側奥の角部屋だからね。」
「は、はい。」
「あ、そうそう。こんなの見つけたんだけど……」
 そういって出したのは、あさひの百合同人誌をにやついた顔をしてだすあやのを見たいずみはひとつの答えにたどり着くのは容易だった。
 いずみがあやのに対して、ダメといったことをやらかしたことに気が付いたいずみは、頭を抱えて手に持っているものを回収した。
「なにやってるの!ダメっていったじゃ……。あれ?この作品……」
 手に取ったいずみはそのタイトルを見るに、見覚えがあった。それもそのはず、いずみが熱心に読んでいる小説の作家と同じ名前と作品だった。
『えっ!この作品とこの作家って……まさか!』
 確かに、あさひはリィムという作家名でいくつかの同人誌を出版していた。その作品をいずみが熱心に読んでいるということだった。
 しかし、この時のいずみはこの出会いが、自身にとって衝撃的な出会いであったことには、まだ気が付いていなかった。
「うちの世話好きの妹が、荷ほどきしたらしくて、そこでこれを見つけたんだけど……」
「あっ!それは……」
 あさひにとっては、男性で百合作品が好きというのは、引かれるのがわかりきっていた。いずみから見せられた本を見たあさひから血の気が引くのが目に見えた。
「べ、べつにいいのよ。個人的な趣味だから……」
 さすがのはやさで、いずみがフォローに入る。そんな、珍妙な空気を振り払うかのように、あやのがあさひの肩に手を回す。
「本当に女の子じゃないのか?」
「本当ですよ……」
「こら、あやの。スキンシップが過ぎますよ。」
「いいじゃない。これくらい。」
 異性であろうが同性であろうが、平均的に距離の近いあやのは初めてに近い異性であっても普通に積極的にスキンシップをとれている。
 それに反して、三女のみやびは引っ込み思案がまさったり、いずみは大家という建前もあってか、積極的になれずにいた。
「あ、あの。これでも男なんですよ?恥ずかしいとかないんですか?」
 異性の気になる年頃でもあるあさひにとって、過剰なスキンシップをとるあやのの行動がいまいちつかめずにいた。
「べつにいいじゃない。減るもんじゃないし……」
「そ、そうですか……」
「ほら、こっち。」
「ちょ、ちょっとまって。自分で歩けるので……」
「いいから、いいから。」
 あさひの静止をよそに、半ば強引に連れ込んでいるに等しいくらいの勢いの強引さで部屋へと連れていくあやの。そんなふたりを見ていたいずみ。
『あやのったら、あのまま自分の部屋に連れ込むんじゃないでしょうね。』
 いずみには心当たりがあった。以前にもあの調子であやのの自室に連れ込まれたことがあり、なかなか逃がしてくれない時は、まさにクモのように捕まえたものは逃がさないくらいの勢いで絡んでくる。
「はぁ~」
 ふたりの歩くあとを呆れつつも付いていくいずみは、しっかりとあやのが案内している様子に若干驚くも、そこは安定のあやのだった。
「リビングを中心にして、向かって左手側が男の子専用ね。それで、反対側が私たち女の子用。」
「お風呂は時間別での交代制。トイレももちろん別。」
「食事はこのリビングで一緒に食べることになってるから」
 スタイルも良く姉妹が通う学園でも結構な人気を誇っているため、それなりにファンも存在する。
 あさひを小脇に抱えた状態で白百合荘の説明をするあたり、異性に対して同様していないのか、はたまた耐性があるのか疑問に思ってしまういずみであった。
「あの、色々とあたってるんですけど……」
「なに?気になるのぉ~」
「べ。別に……」
「ふ~ん」
「ここがあなたの部屋で~す」
 あさひが案内された先では、配達された荷物の入った段ボールの全てが見事に封が開いていた。
「本のだけじゃなく下着のまで……」
 数分前にあやのがにやけた顔で家探しをしたそのままの有様で段ボールが口を開けていた。当然のように……
「あやの!あなたは、また!」
「いやぁ。どんな下着着てるか気になるでしょ。」
「同性ならまだしも、異性の下着まで確認する?」
「だって、きになったんだもん。」
 大家で長女のいずみと、距離が近く過度なスキンシップ魔に近いあやのの口論はまさに姉妹といった具合になっていた。
 数分間続いた姉妹同士の口論やいずみが謝ることで、収拾を得たがしばらくは、このことであやのが注意を受けることが目に見えていた。
「大丈夫かなぁ。僕……」
 あさひからすれば、過度のスキンシップをしてくる二女と大家でまとめ役で綺麗ないずみ。そして、常に誰かの後ろに隠れていてよくわからない三女のみやびと、女性三人姉妹の中にポツンと男がほおりこまれた形になり、この先の生活が不安に溢れていた。
「編入の手続きは済んでるんだけど、朝早く起きなきゃなぁ~」
 あさひが編入することになる白百合学園は、共学化になってそこまで月日が経っておらず、男の子の生徒も数えるほどしかいないことから、女子の比率が高く、女子天下の状態になっている。
「今日は、色々あり過ぎて。さすがに、疲れた……」
 入寮と同時に趣味はバレるし、過度なスキンシップをとられて気を使うし、引っ越し荷物は綺麗に全部口が開いてるなど、新生活初日としてはいろんなことがあり過ぎのあさひの一日が終えていく……
 そして、次の朝。寝ぼけ眼のあさひは、こんな声で目覚めることになった。
『どうして、こんな見た目で女の子じゃないの?』
『こんなにかわいい子だったら、離すわけがないじゃない。』
 夢の中でその女性は、あさひを見て女性と勘違いしているのかいないのかわからない返答をしていた。
「う~ん。しかたないじゃん。こんな見た目でも、男なんだし……」
 寝ぼけつつその声に返答するあさひ。それに応じて夢の中の声も次第に変わっていく。実際に触れられている感触すら夢でありながら感じるほどだった。
『こうしてみてると、ドキドキする。このドキドキは何なのかなぁ。』
 頬を撫でる女性の手の感触は、女性の手で差し向かいにあさひの顔を見ているような口ぶりだった。
 そして、その手が頬を撫でたあとしばらく音沙汰が無くなった後、目覚ましの音と共にあさひが目覚めるとそこには見知った人が目の前で眠っていた。
「えっ!ど、どうして?あやのさんがここに?」
「起きた?おはよう。」
「あの、どうして僕のベッドに?」
「いや、起こしに来たんだけどね……」
 あさひのことを起こしに来たあやのは、すやすやと眠るあさひを見るといつもの癖なのか、いけない興味が湧いたのか睡魔が襲ってきたらしく、あさひのベッドに潜り込んで眠るという展開になっていた。
 そんなやり取りをしていると、廊下から足音が聞こえてきて、扉をガチャっと開ける音がする。
「あさひさん。そろそろ、起きないと……!!!!」
 慌てて部屋の場所を確認して、ベッドの上の状況を改めて認識するのに、さほど時間は要さなかった。
 いずみが驚くのも当然である。昨日あれほど酸っぱくやっちゃダメって言い聞かせたはずのあやのが、さも堂々とあさひのベッドにもぐりこんでいるのだから。
「あやの!あんたは、なんてことしてんの!」
「ん~いずみねぇ~朝から声デカい。」
「デカくもなります!今日が大事な日のあさひさんに、何をしてるんです!」
 いずみがそこまで叱っているにもかかわらず、いずみを挑発しようとするあやのは、起き上がったあさひの首に両腕をかけてキスするぞぶりを見せる。
「ん~ほら。いずみねぇ。女の子同士だから、平気だよ~」
「あの、あやのさん。僕。男ですし……」
 確かに、目が大きくボブヘアに近いショートのあさひは、無造作な髪が余計に寝起きの女性に見えて仕方がなかった。
 しかし、あやののいずみへの挑発は空をつき、なにかブチッと切れる音がした後、あやのの頭の上にいずみのゲンコツが降り注いだのは、言うまでもなかった。

ゴーン!

「ごめんなさいね。ぶしつけな妹が、世話を焼かせてしまって。ほら、行くわよ!」
「う~。痛い。なにも、本気でゲンコツしなくても……」
「いいから、来なさい!」
「はははは。」
 入寮二日目にして半ばあきれ始めているあさひがそこにいた。
 こうして、白百合荘での二日目の日常がやってくる……

『夢の中のあの声は、あやのさんなのかな?似てはいたけど、まさかね。』

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