第二章 秋のおと 7


   7

 めずらしく、夜、真衣が来ている。

 めずらしく、というより、初めてかもしれない。学校の後期がはじまるまえに岐阜の祖母の家に家族で旅行するとのことで、数日アトリエに来れなくなる。また、そのかわりに来てくれる予定の西田寛子さんも、今夜から友人とみじかい旅行に出ていて、明日だけ来ることができない。つまり、明日一日、だれもアトリエに来れないという。
 ほとんど自分の身のまわりのことはひとりでやれるようになっている私にはなんの不都合もないのだが、寛子さんがひとり気をもんで、旅行前なのに今日のうちにしこんで、今夜真衣に持たせてきた。

 やがて九時になろうという時間。
 私はすでに寝室のベッドに移動し、起こした背にもたれて本を読んでいた。ベッドは二モーター・フルモーションの介護用のもので、寝室は私ひとりにはだだっ広い。
「ダイニングのほうに寛子さんの料理を置いておきますね。あと、冷蔵庫にもパックをふたつ」
 寝室に顔を出してそう告げる真衣に、私はいう。

「お願いしたいことがあるので、ここにもどってきてくれませんか」
「はい」
 しばらくして真衣がもどってくる。

「なにかお手伝いすること、ありますか?」
「これをお願いしたいんです」
 私はサイドテーブルに置いてある赤ワインのボトルを示す。
「一度挑戦したんだけど、指の力がなくてまだうまくあけられないんです。そのときは寛子さんに助けてもらいました」
「お身体にはさわらないんですか?」
「すこしなら飲んでもいいといわれてるんですよ。心配してくれてありがとう」
 真衣がサイドテーブルのところにやってきて、ボトルを手に取る。それからあたりを見まわす。

「スクリューっていうんですか、ワインの栓をあけるぐるぐるした道具はどこですか?」
「そのナイフを使ってください」
 ボトルの横にはソムリエナイフが置いてある。二十年以上前、誕生日に妻から送られたもので、握りの部分には美しい木目の松材がはめこまれている。
「使ったことないです。どうやればいいんですか?」
「教えましょう」
 私はソムリエナイフの使い方を真衣に教える。折りたたまれた刃を引きだす。刃を使って、ぐるりとワインのキャップを切り取る。レバーとスクリューを引きだし、スクリューの先端をコルクに差しこむ。コルクの中心にスクリューをねじこんでいく。ここまでは私もやれる。

 スクリューをねじこんだら、レバーをボトルの口に引っ掛け、取っ手を上に引きあげるようにしてコルクを引きぬいていく。この動作が、私にはまだ力がなくてむずかしい。

共感カフェ@羽根木の家(9.23)
9月の羽根木の家での共感カフェは、9月23日(水/秋分の日)19〜21時です。

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