第二章 秋のおと 15


   15

 私はその手に、自分の手を重ねる。
 やけに自分の手が重く感じられる。ずっしりと重く、真衣のてのひらに乗ってしまう。それを感じたのか、真衣はゆっくりと手の甲が私の掛け布団に乗るまでおろす。

 布団の上の真衣の手、その上に私の手が乗っている。ふたりの手が安定している。

 唐突に真衣が話しはじめる。

「わたしが生まれたのは松本です。黒いお城が見えるところで育ちました。でも、それは小学生になる前の記憶で、そのあと東京に来たんです。お父さんとお母さんが離婚して、どういういきさつかわからないけれど、わたしは東京のプロテスタント教会の児童養護施設に預けられました。こんな話、聞きたいですか?」
「はい、あなたがいやでなければ」
「だれにも話したことないです、こんなこと。でも、いま、先生が助けてくれているので……」
「私が助けている?」
「先生の手が、私がいまここにいることを思いださせてくれてます」
「そうですか」
 私は真衣の手をすこしつつみこむようにして握る。

「いまここにつながっていられるなら、わたしの昔のことを話せるような気がするんです」
「わかりました。聞かせてください」
「児童養護施設には五年生までいました。わたしを養女にしてくれる人が現れたんです。ほかの子たちはたいてい十八歳までそこにいて、それから出ていくんですが。わたしを養女にしてくれたのは狩野一郎という人で、カノー光学の社長です。ご存知かもしれませんが」
「聞いたことありますよ。カメラとか事務機器を作っている会社ですね」
「お母さん……一郎さんの奥さんはるり子さんという方で、おふたりには子どもがなかったんです。わたしを施設から引きとって、とてもかわいがってくれました。わたしが絵を描くのが好きで、芸大に進むのも応援してくれました。でも、お父さん……一郎さんはわたしが高校一年のときに脳溢血で亡くなられて、るり子さんもそれがきっかけで統合失調症をわずらわれたんです。とても繊細な方でしたから」
 私の手を、下から真衣がぎゅっとつかんでくる。

「おふたりには子どもがいませんでした。だから私を養女にしたんです。一郎さんが亡くなったあとは専務をされていた狩野進次郎さんが社長になりました。いまも入院しているお母さんの面倒は進次郎さん一家がみてくれています。私の住んでいたのは大きなお屋敷で、とても私ひとりでは住めないので、やっぱり進次郎さんに管理をお願いして、私はいまは小さなマンションに住んでます」

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