第四章 冬のぬくもり 4


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 お風呂? と私は思う。なにを聞きたいんだろう、真衣は。その私のいぶかりを察したのか、真衣がつづける。
「お風呂にはいられるとき、介助は必要なんでしょうか」
「いや、もう必要ないですよ。いまはもうひとりではいれるようになりました」
「不自由はないんでしょうか」
「まったくないということはありません。しかしまあ、なんとかひとりではいれてますよ」
「よかったらわたしにお手伝いをさせてください」
 そういうことか、と真衣の気づかいがうれしい。
「それに……」
 と真衣ははにかんだ顔になる。
「わたしもお風呂にはいりたいんです」
「ああ……」
 私は納得すると同時に、気づいてやれなかったことを申し訳なく思う。
「そうですね。わかりました。一緒にはいりましょう。手伝ってもらえますか。ひさしぶりに不自由なく身体を洗いたいな」
 真衣のはにかみを気づかって私は快活にいってみせる。
 浴室に連れていき、湯わかしの使い方を説明する。バスタブにお湯がたまるまで、コーヒーの残りを飲んで待つ。
 やがて、バスタブにお湯がたまったことを知らせる信号音が聞こえる。
「先生、お先に温まっていてください」
 私はいわれたとおり、先に風呂にはいる。外はもうすっかり明るくなっている。手すりにつかまってバスタブにゆっくりとつかる。首までつかる。ふうーと息を吐く。お湯の圧力を感じる。手足をゆるゆると動かしてみる。お湯の抵抗が私の体表面の輪郭を浮かびあがらせる。
 しばらくすると真衣がはいってくる。タオルで前を押さえている。バスタブの横に膝をそろえてしゃがみ、タオルをはずしてたたみ、バスタブのへりに置く。プラスチックの手おけを取り、お湯をすくって行儀よく何度かかかり湯をする。
「いっしょにはいっていいですか?」
「うん、おいで」
 私は身体をずらし、彼女の場所をあける。私の目に初めて彼女の全身がはいる。私と向かい合う形で彼女は身体を沈めてくる。
 手をのばすと、彼女も手をのばして、指をからめてくる。お湯のなかで私たちは手をつなぐ。胸まで湯につかった彼女の、肩甲骨のくぼみが見えている。肩の長さのまっすぐな髪は、湯に触れるか触れないかすれすれの位置にある。
 お互いの脚がぶつかりあっている。私は膝をひらいて脚をのばし、私の太ももの上で真衣の両脚がのばせるようにする。真衣の足が私の胴をはさむような形でのびる。パズルみたいだと私は思う。ふたりではいるには、このバスタブは小さすぎる。

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