第二章 秋のおと 2


   2

 真衣は真剣な表情で二枚の絵を見くらべている。
 絵はそれぞれ、私の仕事台の上に置かれている。全体的に見て、片方は赤っぽい色あいで、もう片方は青っぽい色あいだ。赤っぽいほうは昨日描かれたもので、青っぽいほうは今朝描きあげたばかりのものだ。触れば画紙の乾きぐあいでどちらがあたらしいかすぐにわかるだろうが、見た眼だけではわからないだろう。いずれにしても、どちらがあたらしいかは、いま問題ではない。
 たっぷりと一分以上見くらべたあと、真衣は左側の絵を指さす。赤っぽいほうだ。
「こちらはなにか暖かいものを感じます。体温のような……暖かいというより、熱いといったほうがいいかも……」
 慎重にことばを選ぶ。
「風邪をひいてひどく熱があるとき、寝ながら天井を見上げたときのような感じです」
 私は思わず笑みを浮かべてしまう。私の絵を見ている彼女のなかで、なにかが起こっている。そのことをことばにしてもらうのがおもしろい。
 今度は右の絵を指さしながら、
「こちらはあんまり熱を感じません。すこし冷たいような……湿度を感じます。そう、ちょうどいまの天気のような。身体のなかで雨が降っているみたいな感じがします」
「あなたはどちらが好きですか?」
 彼女をためすような気分は、まだ私のなかでつづいている。
 しばらくかんがえてから、彼女は左の絵を指さす。
「わたしはこっちが好き」
「なぜですか?」
「なぜ……説明するのはむずかしいけれど、暖かくて……生きている感じがして……」
「私がそこにいる感じがしますか?」
「はい。この絵は先生の存在を感じます」
「そうですか。じつはこの二枚のうち一枚は失敗で、いま捨てようと思っていたところでした。もっとも、もうすこし時間がたつと、二枚とも捨ててしまうかもしれないけど」
「失敗……なんですか?」
「そうです」
「明らかに?」
「はい」
「わたしにはわかりません。なにが失敗なのか。どちらが明らかに失敗なんですか?」
「あなたが好きといってくれたほうです」
 真衣の顔にちょっとしたショックが浮かぶ。
「こっちが失敗……」
「なぜだと思います?」
「わかりません。わたしは好きです、これ」
「これは昨日描いたものです。昨日の朝も雨降りでしたね。おぼえてますか?」
「おぼえてます。昨日も散歩に出られませんでした。ここに来るのに傘が必要だったし」
「私のなかに雨降りが苦手だ、嫌いだという意識があります。それは意識です。かんがえとか概念といってもいいでしょうか」

親密な関係における共感的コミュニケーションの勉強会(9.16)
共感的コミュニケーションでもとくにやっかいだといわれている親密な関係であるところのパートナーと、お互いに尊重しあい、関係性の質を向上させるための勉強会を9月16日(水)夜におこないます。

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