第二章 秋のおと 8


   8

 真衣は私に教わったとおり、ソムリエナイフを扱おうとするが、なかなかうまくいかない。

 ビニールキャップはうまくむけない、スクリューはまっすぐ刺せない、コルクはスムーズにあがってこない。使いなれない者にとってはやっかいなものだが、使いなれた者がやるとあざやかに、美しく、あっけないほど簡単にワインのコルクは抜ける。
 私はかつて、毎晩のように練習し――つまり毎晩のようにワインをあけ――うまく抜けるようになった。しかし、いまは指の力がなくて、以前のように抜けなくなっている。
 苦労しながらも、真衣はなんとかワインのコルクを抜く。最後はぽんっと音を立てて、コルク栓がボトルを離れる。真衣がうれしそうな顔になる。

「あなたもどうですか? お酒は飲めるの?」
「すこしなら」
「まさか、法定的には問題ないですよね。三年生でしたっけ」
「三年生で、二十一歳ですから」
「よく飲むんですか?」
「ほんのときたまです。ゼミの飲み会とか」
「じゃあ、飲めるんですね」
「すこしなら」
 真衣はくりかえす。アルコールをまったく受けつけないわけではないと判断して、私はいう。

「よかったら付き合ってください。グラスはダイニングの食器棚にあります。私の分とふたつ、持ってきてくれますか」
「でも……」
 ためらいの表情を見て、私はたずねる。
「明日は早いんですか?」
「そこそこ」
「明日のことが心配なんですか?」
「そういうわけじゃないです」
「心配なら私に付きあわなくてもいいですよ。遠慮なくことわってくれていいです」
「明日のことを心配しているわけじゃないです。わたしがこんなことに付きあったりしてもいいんだろうかと思ってます」
「こんなこと、というのは?」
「先生の楽しみの、大切な時間に、ワインのあけかたもろくに知らないわたしのような未熟な者が……」
「遠慮があるんでしょうか」
「はい」
「それは私のプライベートな時間にたいする配慮をしてくれているということと受け取りましたが、どうなんですか?」
「配慮というより、気がひけます」
「それなら、心配いりません。私はいま、すこしだけでも、あなたといっしょにワインを楽しみたいと思いついたんです。長らくだれかといっしょに飲んだりしていない。ようやくすこし飲めるようになるまで回復して、あなたがワインのコルクを抜いてくれた。あなたがちょっとだけでもいっしょに飲んでくれると、私は幸せな気持ちになります」

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