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久米正雄作品を読む-久米正雄作品集

これまでのあらまし: 
読みたいと思った久米正雄作品が手に入らず、嘆き悲しみ恨みなんやかんやあった結果読めるものは全部読もうと全集を読破することにした。

全集の前に、手元にあるのが『久米正雄作品集』(岩波書店,2019年)。
小説、随筆と俳句が掲載されていて、どれも親しみやすくおもしろい。久米作品をもっと読みたくなったきっかけになった本。

小説7編のうち、「父の死」「手品師」「競漕」「流行火事」は第4次新思潮に掲載され、「受験生の手記」「金魚」「桟道」は1918年以降に発表された小説。(なお夏目漱石の娘に失恋したのが1917年)

「父の死」

父を亡くした久米自身の経験を元にした小説。
校長だった父が御真影の焼失の責任を取って自刃したことに、複雑な感情があるように感じるが、その内面を深掘りしたものではないので、逆にさらりと読める。

第4次新思潮創刊号に発表された小説で、同じ号では芥川龍之介の「鼻」が掲載されていた。芥川が漱石に「鼻」を褒められた同じ手紙で「久米君のも面白かつた」と感想を寄せていたことを初めて知った。
俳句で認められ、戯曲に打ち込んでいた久米が、漱石に読んでもらうために書いたのが小説で、自身にとって大きなテーマ(多分)を選んだという背景もおもしろい。

「手品師」

生活のために不本意ながら座付作者をしている主人公の前に現れた手品師が手品を披露する。

小説家を目指して書いていた頃に発表した作品。食べていくために選ぶしかない職業が嫌だ、思うままに創作したい、という座付作者の苦悩は久米自身に重なる。

「競漕」

大学の競漕大会が題材となった小説。

体育会経験者なので、試合前の高揚感などを良い意味で思い出した。
スポーツが好きで、大会に向けて練習して、勝利をみんなで喜び酒を飲む、といった爽やかな青春が描かれる。学生時代楽しかったんだろうなと感じて読んでいても楽しい。

「受験生の手記」

一高受験に失敗した「私」が、再度受験のために上京するが全く勉強に身が入らない。身を寄せていた義兄の姪への恋、同じく受験に臨む弟への競争心、思うように勉強が進まないまま「私」は受験にも恋にも破れてしまう。

主人公の名前が久野なので久米自身の経験を元にした作品かと思って読んでいたところ、そもそも久米は一高に無試験入学していたことを後で知った。まさかの本人受験してない!
嫉妬心、焦燥感といった主人公の苦悩で満たされた作品なのだけれども、
なんだか勉強しない主人公に共感できないので重苦しさを感じず読めた。
特にラストの情景は美しいなと思う。

月の光りは、静かにたゆたい落ちて、むこうの山々のかたちを消した。水はひたすらに淼漫びょうまんたたえて僅かに岸辺を波立たすばかり。揺れうつるもなく、影を曳く舟もない単調な湖面は、涙に曇った私の眼に、悲しみに満ちた私の心に、和らぎを与うる夢と思われた。


この4作は青空文庫でも読めて、近代文学初挑戦の人や久米の小説を読んでみたいと思った人にもおすすめしやすい。
青空文庫で読めるものとしては「良友悪友」が好きなのだけれども、これは背景を知っている方がおもしろいのでまた別にまとめてみる。


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