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道子さんと京二さん


2023/02/16日記

去年から石牟礼道子の本を読み始めた。
そして、熊本へ帰ったら行きたい場所ができた。

真宗寺。道子さんが眠る場所。

私は昔このお寺の近くに住んでいたが、その頃はまだ中学生で、石牟礼道子を知らなかった。
「もっと早く知っていれば」
道子さんのことを知っていくうちに、何度も思うことがあった。

そして去年の年末、
道子さんの盟友である思想史家の渡辺京二さんが92歳で亡くなった。
葬儀は道子さんと同じ真宗寺で行われた。
私の中で、「早く真宗寺に行かなければ」という気持ちが強くなった。

熊本に着き、真宗寺を目指す。
地図アプリを開き、きょろきょろしていると、
ある一人のおばあちゃんが声をかけてきた。 
真宗寺を探していると告げると、これからそこの近くの神社に行く予定だから、
途中まで案内しようかと、一緒に歩いてくれた。

おばあちゃんと、道子さんの話をする。
「石牟礼道子さんはすごかひとね。不知火忌も最近あったね、人がたくさん来とった。渡辺京二さんも亡くなって。真宗寺は、うちのお父さんも眠っとる。前の住職が面白か人でね、悩んでる若者のお世話ばしたりしてね」
少し破天荒な前住職の話は、本で読んだばかりだったので嬉しかった。

菊陽町出身でバス旅行が趣味のおばあちゃんと若戸大橋の話をしながら大通りを歩いていると、ふと脇道にお寺の屋根をみつけた。
「ここで大丈夫です」と私が言うと、
「こん道から行くと裏口だから、表の門のほうまでもうちょっと歩こう」とさらに一緒に歩いてくれた。

次の道でお寺の看板を見つけた。
私は何度もおばあちゃんに感謝を告げて、看板の矢印に沿って歩く。入り口にある掲示板には、渡辺京二さんの言葉があった。
「いいじゃないかそれで と思うときに阿弥陀さんが出現する」

境内に入る。
とても静かで気持ちのいい場所だった。
道子さんのお墓の横には、椿の花がふたつ。

墓石には道子さんの法名「夢劫」が直筆で刻まれている。ロマンティックで美しい名前だなと思う。


頭のなかで、道子さんの詩に坂口恭平がメロディをつけた「海底の修羅」が流れる。


海底だと思っていたのは 頂だったのだ
不知火海 墓にするには 浅すぎる海
舟はもういらない わたしが舟だから

お墓に手を合わせていると、ふと足元にある小石が目に留まった。

そういえば、道子さんの父は石工で、
結婚相手の苗字が「石牟礼」だったのがとても嬉しかったというくらい、石が好きだったらしい。

何の変哲もない小石だけれど、なんだか大切な気がして、そっとポケットにしまった。

市電に乗り、橙書店へ向かう。

橙書店は熊本に住んでいた頃も何度か行ったことのある書店で、熊本地震の前は別の場所にあり、店名が「orange」だった頃、店内のカフェスペースで坂口恭平を見た。執筆活動をしながら店主の久子さんと道子さんの話をしていたのが印象に残っている。

古いビルの階段を登り、橙書店へ。店の前には橙書店が発行している『アルテリ』のポスターが貼ってあった。
渡辺京二さんの声かけで2016年から始まった文芸誌で、熊本にゆかりのある作家が文章を寄せている。今回はこの『アルテリ』を二冊買った。

店主の久子さんと渡辺京二さんについて話をする。京二さんとのお別れは信じられないほど突然だったけれど、いまは静かに受け止めているところだと話してくださった。
喪失感を抱えたままの私にもそっと寄り添うように話してくださり、その久子さんの温かい心に思わず泣きそうになる。


道子さんと京二さん。
私はまだ2人の本を少ししか読んだことがないけれど、2人が残した言葉にこれから何度でも出会えると思うと胸が熱くなった。


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