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地獄やな

2月の節分も終わり、恒例の「鬼」としての役目を全うしたふかちゃんです。子供たちが声を大にしながら「鬼は外」と言って硬い豆を投げられ続ける僕(鬼)は、涙目で助けを求めるかのように妻の方をチラッと見ると、満面の笑みでスマホ片手に動画を取っていた。
※どっちが鬼やねん

鬼役としては、一旦玄関の外に出て「鬼が出てった」という事実を作る必要があり「うわ~やられた~」などと言いながら外に出たら、タバコを吸いながら一服してる隣のおじいちゃんと目が合い「大変そうやな」と声を掛けられ、気まずそうに少し会釈をするあの時間は、本当に地獄だった。※鬼でも地獄はきつい

これはもはや日本、いや世界の縮図のような気がする…
「弱い者は本当に弱いのか?」
鬼に見えている者は本当は鬼でもなんでもないのではないか。
むしろ逆で「被害者」がいつのまにか「加害者」になっているんじゃないのか?

なんならそれを取り巻く環境もそうだ。

弱い者に寄り添う人は果たして本当に味方なのか?
味方になるフリをして、本当は味方になってもらおうとしてんじゃないのか?
なぁ。おい。どうなんだよ。
※誰に言うてんねん

今、この世界は「弱者」こそが権限を握り。
弱者に合わせないものなら周囲の人も「鬼」として見られ、
皆から誹謗中傷という豆を投げられ続けるのである。
弱者の意見を聞いて弱者の思うようにする。
次第にどっちが弱者か分からなくなり、気付いた時には破綻している。

近い将来、日本がそうなりかねない。
そんな危機感を、豆を投げられ続け、外に追いやられる役目を全うしている最中にふと頭をよぎった今年の節分。

「多様性」という言葉を乱用した「自分の都合押し付け弱者」に腹を立てながら、極太の恵方巻を3本も黙食してやったぜ!!


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