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雨の日、雨の時間。

『今年も梅雨本番、連日の雨に気持ちもすっかり滅入っていませんか?
 今日はそんな雨の日を、楽しく過ごせるアイデアを募集しています』

朝から点けっぱなしのラジオから流れてくるパーソナリティの喋りだしに、何言ってんの雨だからこそ楽しく過ごせるでしょ、と思いつつ、寧ろ一向に進まない帳簿整理を軽やかに進められるゴキゲンなナンバーを掛けてくれよDJ、って気持ちになってる。

続けて流れてくる罪のないイージーリスニングにも悪態を突きそうになりながら、コーヒーでも淹れようかなと席を立つ。キッチンに行くと、テーブルの上で猫が伸びていて、思うともなしに撫でてみるとしっとり。どうやら外回りから戻ったとこらしい。椅子に掛かってたタオルでひと撫でふた撫で、ひっくり返してまた撫でて、とりあえずよしとする。猫様は不当な扱いに抗議の声を上げつつもされるがままで良い気なものだ。

しっとりの移ったタオルを洗濯機に放り込んでから、キッチンに戻ると猫はいなかった。しもべの働きへの感謝もねぎらいもない。そしてまた、外回りに行くつもりだろう。働き者め。

コーヒーを淹れるためにキッチンに来たことを思い出し、手挽きのミルを引っ張り出す。電動ミルもあるのだけど、雨のリズムに合うのはやっぱりこっちだ。何より、仕事に戻る時間を引き伸ばせるのがいい。

私は今、鉄の処女を上回る手酷い拷問を、この美しく艷やかな豆に加えているのだなと考えながら、ギャリジャリと周期的に心地よい音を響かせる。感触もまた心地よい。細やかな嗜虐心を充たしてくれる。豆よ。荒挽かれよ。いや、今日は中挽かれよ。

ドリッパーを大きめのカップに載せてフィルターをセットし、もう見る影もない中挽かれし豆の残骸を振り入れる。電気ケトルから直接お湯を注ぐと、ふんわりと琥珀色の芳香が漂ってくる。その香りの中では、薄っすらと聞こえてくるイージーリスニングにも寛容になれる。というか、長いなこの曲。

ドリッパーを流しに置き、カップ片手に机に戻る。改めて動かし難い現実と向き合い、そして改めて目を背けて窓の方を見ると、外はもう晴れていた。

楽しい雨の時間は、いけ好かないイージーリスニングと共に終わってしまったらしい。そして、帰ってきた猫はまた、しっとりした顔で私を見上げる。

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