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いつかのゴースト

最近、朝起きると透けた自分を見る。

気付いたのは、たまたま早くに目覚めた朝。最初は侵入者かと思ったけれど、見覚えのある服装と背格好。ああ、俺かと寝ぼけまなこで見ていると、身支度もそこそこに慌ただしく出かけていく。我ながら忙しないもんだと思いつつ、二度寝するということが何度かあった。

そんなことを、遊びに来ていた妹に話した。
俺の淹れたおいしいコーヒーにほぼ同量とも思えるミルクと砂糖を投入する暴挙の飲み物を満足気な顔で啜りながら聞いていたが、ふと思いついたように応える。
「あれじゃない?ゴースト」
「ゴースト?ニューヨークの幻?」
「それは知らないけど、あれだよマリオカートの自分の前走る自分」
「ああ、あれか、自分の最速ラップ見れるやつ」
「そうそう。自分のとは限らないけど」
「え、そうなの?」

飲む暴挙を一旦テーブルに置くと神妙な顔で言う。
「だって、マリカは私の独壇場ですよ。アナタが今思い描いているゴーストは私の可能性が高い」
「あっ、うん、そうか。まぁでも、確かにそういう感じだ」
「ただ、お兄ちゃんが最近見てるのはお兄ちゃんのだろうけどね」
「それはまぁ。じゃなかったら相当怖い」
「というか、自分のゴーストだったとしても相当なもんでしょ」
「それもそうか。 そうか?」
「いや知らないけど。……体調とか悪くないよね?」

そう言われて、何だか急に肩が重くなった気もする。
「……とりあえず、今のところは」
「それなら良いけど。なんかいつもと違ったら、ちゃんと言ってね」
「おう」

妹が帰ってから改めて考えてみたけど、怪奇現象ということを置いとけば、確かにゴーストの線はありそうだ。今まで、半透明の自分より早く出かけられたことはないんだから、あれが最速の可能性は高い。それなら、あのレコードを更新してみたら何か起きるかもしれない。

とりあえず、翌日から記録を塗り替えるために早起きをしようとしたんだけど、起きれないのはソフトの問題じゃなくて、ハードに起因するものということを思い知った。まぁ起きれない。ほんとにあの影は俺なんだろうかという疑念さえ湧いてくる。

幾度かのチャレンジの末、正攻法であのレコードを抜くのは諦めた。早く起きるのが無理なら寝なければいい。そう考え、休みを取って朝まで起きて過ごすことにした。我ながら、不毛な有給の使い方だと思う。

明け方まで眠らぬようゲームやビデオで時間を潰し、頃合いを見て自分の寝床が見える位置に陣取る。自分の寝起きを見られる貴重な、とてもどうでもいい機会。

そうして迎えた早朝、まだ日も登り切らない時間にゴーストは起きだし、初めてその表情を見ることができた。ひどく切羽詰まった、今にも泣きそうな顔。それは起き抜けに受けたらしい電話の後から始まっている。そこでようやくゴーストが、いつレコードされたものかに思い至った。

そうか、このゴーストは、親父が危篤って連絡があった時の。

結局そのまま、俺は影を見送って、入れ替わりに布団に入った。色々と考えるところは多くて、すぐには寝付けなかった。なぜゴーストが現れるようになったのかはわからず終いだし、もう何年も前のことだし、そもそも、あの電話は間違い電話で、見知らぬ誰かの父親が危篤だったのだし。部屋を飛び出したさっきの薄い俺は外で連絡を取り、起き抜けで最悪な機嫌の妹に激怒されて、その間違いに気づくのだろうか。

ともあれ、何も解決はしていないけれど、なんとなく納得はできた。もうレコードを更新する必要もなさそうだし、今日はこのまま惰眠を貪ることにしよう。俺は早起きが苦手なんだ。

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