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もし魔法のランプを手にしたら、何を願うのか?僕がウインナー人事になって気づいたこと

数日前に「アラジン」を見に行った。実はあんまり乗り気じゃなかった。
でも一緒に行く女の子が気になっていたこともあり行くことした。
結局、動機はいつも不純だ。

結果、すごく感動したし、映像も綺麗で何より最後はハッピーエンドだった。でもその女の子とハッピーエンドだったかはここでは割愛。

本当に良い映画だった。僕も魔法のランプを得たなら…
そんなことを思いながらこのnoteを書いている。


さぁ、本題に。この記事で伝えたいことは…
誰もが自由に気を使わずに発信できる世の中が良い。
一度間違ったくらいでもう立ち上がれないくらい叩くよりは愛情を持って、育てられる世の中になっていってほしい。
ということ。


1:インプットよりもアウトプットのほうが苦しい

時代は変わった。
Twitter、Facebook、Instagram、ticktokに…そしてnote。
インターネットを通じて、アウトプットのハードルが下がり、かつ世の中に多く存在するようになった。

アウトプットをソーシャルという場で行うと「反応」という時にギフトであり、刃物であり、そして、かっぱえびせんのようなものがついてくる。
ん?かっぱえびせん?笑

本を読むことよりも感想文を書くほうがきつい。
息を吸うことよりも吐くほうがきつい。
プレゼンを聞くよりもするほうがきつい。
noteを読むよりも書くほうがきつい。

ほとんどの行動は何かを出すときのほうがきつい。
これは僕の尊敬する後輩が言っていた言葉。本当にそのとおりだと思う。


僕がTwitterを始めたのは2018年8月。noteを書いたのはその数週間後だった。

これをきっかけにウインナー人事と呼ばれるようになった。
ちなみにウインナー人事は下ネタではない、この記事がきっかけだ。
たまに「恥ずかしくないんですか?」と言われるが、恥ずかしい訳がない笑

記事が面白い!読みました!という感想は本当にやりがいになる。
嬉しい半面、また面白いものを書かなければならないとか、謎のプレッシャーもあったし、知り合いにお前のnoteは60点くらいだなと言われたときはもう辞めようとも思った。でも「反応」が面白かった。

「反応」は時にギフトのように誰かを勇気づけ、ハッピーにさせると知った。

2:情報は発信している人に集まる

フォロワーが増え始め、ウインナー人事と呼ばれるようになった。

ちょうど採用でも少し結果が出始めていたこともあり、発信をきっかけにイベントにも呼ばれるようになった。

1ヶ月でTwitterのフォロワーは1000人以上増えた。
毎週noteを書き、毎日つぶやき、1ヶ月に1,2回はイベント登壇をし、様々なメディアに取材をして頂いた。

発信を続けていると、色んな話が来る。
新しい採用手法の相談、イベントの誘い、他社さんからの営業。
相談に乗ることや登壇イベントの準備は本当に大変だけど、1年間は絶対断らずにいようと思ったら、1年で15回も登壇していた。

相談をされると自分の仕事を振り返るきっかけになる。
インタビューされると自分がやったことが型化される。
イベントで登壇するとプレゼン力が磨かれるし、他の登壇者の情報が得られる。

つまり、鮮度の高い情報が自分のところに集まるようになる。

これが良い循環に入ると「やめられない、とまらない状態」になる。
時に「反応」はかっぱえびせんのようなものになる。

3:フォロワー数≠戦闘力を忘れてはいけない

そうこうしているうちに一気に注目度が上がる。
記事がわかりやすくバズった。

#KuToo 、世界女性感謝デーなども重なり、ベルフェイス、西島、ヒール人事という言葉が一気に広がった。
ハフポストさんからの取材を皮切りに、朝日新聞さんやLINEニュース、Yahoo!ニュースにも載った。

純粋に嬉しかったし、気持ちよかった。だが、同時に痛い思いもした。

見事なまでに叩かれたし、傷ついた。


多くのフォロワーを持つ人も、やはり批判をされると辛くなるものだと思う。それは人だから。僕はまだまだ世界の中で言えば、フォロワーが多いわけではないけど、SNSの奥にいるのは人だと言うことを忘れてはいけない。

ということで一夜にしてバズり、
「ヒール」:靴の意味、プロレスの悪役
の両面を持ったヒール人事が誕生した。

それと引き換えに「反応」は時に刃物のように使い方を間違うと人を殺傷するものでもあると学んだ。


4:ウインナー人事になって得られたもの

これでも頑張れたのは、「認知」を高めるためだったから。
自分のためであり、会社のためであると思っていたからだ。

ウインナー人事にはあまり深さがない。たまたま当たった感がある。
だからどこかで終わるというか終えようと思っていた。
2つの目標が達成されるまでと。

①Twitter経由で採用ができたら(会社のため)
②ウインナーの会社の人から連絡が来たら(自分のため)

この2つがほぼ同時に叶えられた。
採用はもちろん感動的だった…
さらに「◯◯ハムの役員が会いたいって…」
この一文がメッセンジャーで届いたときも同じくらい感動した。
まさか役員と思わなかった。

多分、どちらもウインナーの記事を書かなかったら起きなかった現象だ。

たくさんのハムとウインナーをもらった。美味しかった。太った。
(実は、和牛人事にしておけばよかったと何度も後悔した…)
それ以上に、たくさんの出会いと情報を得られた。

余談だが…(余談にするのも申し訳ないが…)
◯◯ハムの役員と会って話をしたけど、本当に楽しかった。
ウインナーウインナー言い続けると偉い人と会えることが証明できた。
日本の未来や産業について話ができるのはありがたく、嬉しかった。
何より勉強にもなった。この場を借りて感謝申し上げたい。
ありがとうございました。

5:何かしらアウトプットしている人はエライ

※ここからはアラジンのネタバレになるのでご注意ください※

何かをアウトプットする行為は本当にきつい。
しかもソーシャルの場に「反応」という時に暖かく、時に冷たく、癖になるようなものがあるからこそ、なおさら難しい。

だからアウトプットをする人は容赦なく、偉い。

小さい頃に、近所のおじいさんに何度か怒られたことがある。
ボールを蹴って、花瓶を割ってしまった時と挨拶をしなかった時。
その都度反省してきた。
そうやって僕はソーシャル(社会)に育ててもらった。

昨今、SNSで炎上してしまう人がいるが、一度のミスでもう二度と復活できないようなくらい叩きまくる風潮がある気がする。
少なくとも、人が思ったことを「自由」に発信できる状態だからこそ面白いと思う。

近所のおじいさん的な人はもういないかもしれないけど、別の形のソーシャル(社会)があるんじゃないかなと思う。
頑張って考えて発信した人をまずは愛情を持って受け入れられると良い。


なぜならアウトプットをする人はきついんだから。


映画の中で、アラジンは3つ目の願いを「ジーニー(魔法のランプの妖精)を自由にさせること」にしていた。
お金でもなく名声でもなかった。

アラジンは僕に教えてくれた。
金よりも名誉よりも「自由」であることが大事だと。(多分)


あなたは魔法のランプが手に入ったら、何を願うのか。
他人の自由を選ぶ余裕はあるだろうか?
そんな疑問と共にこの文章を締めくくりたい。

あ?僕ですか?
美人で性格良くて、面倒見が良くて、おおらかで、全力で愛してくれる超絶エロい奥さんがほしい笑
(多分こうやって炎上する…すみません)

人間は結局欲深い生き物でもある。
僕はアラジンほどできてる人間ではない笑

今日はこのへんで。

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