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「サンドイッチを追い求めて」 超短編小説

3月13日 サンドイッチデー
1が3に挟まれていることから、
サンド(3)イッチ(1)の語呂あわせ

サンドイッチが好きだ。
ちょっと古臭い、今では昭和レトロとでもいうのだろうか、そういう喫茶店の玉子サンド。
ふっくらして厚みのある鮮やかな黄色の玉子焼き。パンにはマヨネーズとマスタードが塗られていて、その量のバランスが絶妙にうまい。どこにでも売っているようなマヨネーズとマスタードを適当に塗っているだけだろうが、自分ではこのバランスにたどり着けない。


イチコが会社の自販機コーナーで缶コーヒーを買い、スマホをいじりながらそれを飲んでいると、先輩のマサトがやってきた。お疲れぇとマサトが声をかけてきたので、ちょうどスマホで見ていた今日はサンドイッチの日という話題をふると、玉子サンドが好きだとマサトが熱弁をふるってきた。

「わたし、玉子サンド上手に作れますよ」
話の流れでそう口走ってから、イチコはしまったと思った。
これでは誘っていると勘違いされはしないか。
あわててコーヒーを飲み干し、缶をごみ箱に捨てて、じゃあ失礼しますと言って自販機コーナーを後にする。
マサトのことは嫌いではないが、特別仲よくしたいわけでもない。


マサトは仕事を早く終わらせて喫茶店に行きたかった。
さっきイチコとサンドイッチの話をしたら無性に食べたくなってしまった。
それにイチコが玉子サンド上手に作れますよなんて言うから、作ってくれるのかデートのお誘いかと胸躍らせてしまった。
すぐ仕事に戻ったイチコを見て、ただの話の流れでそう言っただけだと分かり、少しがっかりした。はきはきして元気のいいイチコをマサトは前から気になっていた。
がっかりした自分を慰めるためにも大好きな玉子サンドが食べたい。

マサトはおいしい玉子サンドを出すお気に入りの喫茶店に久しぶりに行くことにした。たしかあそこの営業は19時までだ。オーダーストップは18時30分だったか、間に合わないかもしれない。
仕事を終わらせ、電車に乗り、自分の住むアパートの最寄りの駅へ。アパートとは反対方向へ少し歩くとその喫茶店はある。時計を見ると18時50分、早歩きでマサトはお店に向かう。

マサトは遠目からでもお店に電気がついていないことに気が付いた。
お客さんがいないから早めに閉めてしまったのか、がっかりするも諦められない気持ちもあって、お店の前まで行ったら、紙がドアに貼ってあるのを見つけた。

「店主が高齢のため、〇月〇日をもちまして閉店いたしました。長らくのご愛顧、ありがとうございました」

えぇ……
がっくりと肩を落としてマサトはお店を後にした。
アパートへ向かう途中にあるスーパーに寄って、玉子サンドの材料を買って自分で作ってみたが、やはりあのお店のようにおいしく作れなかった。


次の日、イチコは仕事を終え帰ろうとしているところをマサトに呼び止められた。
「玉子サンドのレシピを教えてくれないか」
せっぱつまったように言われてイチコは面食らった。
レシピなんて、そんなおおげさなものはない、パンにマヨネーズとマスタードを塗って、塩コショウして焼いた玉子をはさむだけなのに、必死なマサトを不思議そうにイチコは見た。

マサトは矢継ぎ早に説明をしだした。気に入っていた喫茶店が閉店してしまったこと、ネットでレシピを検索して自分で作ってみたがうまくできなかったこと、他の喫茶店やカフェにも行ってみたが、どこもおいしいのに自分の求める味ではなかったことを。

イチコは、高級な玉子サンドより庶民的な玉子サンドを求めているのかなと思い、その場でレシピをメモ用紙に書いてあげた。
マヨネーズとマスタードはどこのメーカーか、量はどれくらいか真剣に聞いてくるマサトがなんだかおかしかった。この先輩、とっつきにくいと思っていたけれど、そうでもないみたい。イチコはマサトに少し、興味を持った。


マサトはその日、うきうきしながら家に帰った。もちろん、玉子サンドの材料をしっかり買い込んで。
喫茶店が閉まってもう二度と食べられないと思うと無性にあの味を追い求めてしまう。
着替えて手を洗って作り出す。作ったそばから味見をする。うまくできたらその配合を忘れないように。
食べては、調味料の量を調節して、また作って食べた。なんとなくそれっぽい味に近づいているような気はするが、100%の一致は難しい。


次の日の昼休み。
会社の休憩所でマサトが昨夜大量に作った玉子サンドを食べていると、イチコがやってきた。マサトの手に玉子サンドがあるのを見て、
「さっそく作りましたか」
そう言いながらマサトの近くに座り、自分も弁当を広げる。
イチコの昼食も玉子サンド。
「昨日、先輩に教えていたら自分でも作りたくなって」
マサトはどうしてもイチコの作ったものが食べたくなって、おずおずと、自分のものと交換してくれないか頼んでみた。イチコは快諾してお互いの玉子サンドを交換した。

「これだ」
イチコの作った玉子サンドを一口食べてマサトは確信した。
「まさにこれだ、これが追い求めていた味だ。すごくうまいよ」
そんなおおげさな、そう思いつつイチコも自分の作ったものとマサトが作ったものを食べ比べた。正直、味の違いはないように思える。むしろマサトが作ったものの方がイチコにはおいしく感じる。
なんというかマサトの作った玉子サンドの方が丁寧、イチコの作ったものはおおざっぱな、そんな感じがする。

おおざっぱなものを求めていたのかしら。失礼しちゃう。
イチコはそう思うと笑いそうになった。

イチコは自分が作ったものを嬉しそうに食べるマサトがかわいく思えた。
マサトはおいしい玉子サンドを食べながら、君の作った玉子サンドが毎日食べたい、なんてプロポーズのような言葉を頭の中でつぶやいていた。


それから10年後。
とあるマンションに住む夫婦とその子どもが一人。
マサト、マサトとイチコの子ども、イチコ。
寝相の悪い子どもをマサトとイチコがサンドイッチするようにして、3人は今日も仲良く眠りにつく。

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