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「サボテンと恋愛」 超短編小説

3月10日 サボテンの日
岐阜県のサボテン園を経営する会社によって制定
サ(3)ボテン(10)の語呂合わせから

大学2年生のミトは学校の近くのアパートで一人暮らしをしている。
ミトが朝起きて、すぐやることは天気を知るためにカーテンを開けること。
天気によって今日の服装や髪型を決めてから、のろのろと大学へ行く準備を始めるのだ。

しかし今日のミトはいつもとは違った。
カーテンを開けて、いつも窓の外の空を見上げるのに、今日はそれよりも窓際に置かれたサボテンに目がいった。いつもと違う何かを目が感知したのかもしれない。


そこに置かれたサボテンに花が咲いている。
植物に興味がなく詳しくもないミトは、サボテンに花が咲くことすら知らなかった。

ミトはサボテンの鉢を手に取り、怪しむように眉間にしわをよせていろいろな角度からサボテンを眺め始めた。
誰かが知らないうちに造花でも刺したんじゃないだろうか、と変な想像まで沸き起こってきたが、スマホで調べてようやくサボテンは花を咲かせるということを知った。

そのサボテンはミトが大学1年の時に付き合っていた同じ大学に通う彼がくれたものだ。
別れた後、ミトは処分に困った。ごみの日に捨てるわけにもいかない。
実家暮らしなら、親に押し付けるなり庭に植え替えるなりできるが、実家から離れて一人暮らしじゃ、それができない。わざわざ実家に持っていくのも荷物になる。

処分に困って、ミトはとりあえず日当たりの良い窓際に置いた。サボテンなら水もあまりいらないだろうと、そのうち気にもかけなくなった。いっそ枯れてくれたほうがせいせいするという思いもあった。

それが小さなかわいい花を咲かせている。
つぼみにすら気づかなかったのに、本当にいつの間に咲いたのか。
あんなに疎ましく思っていたサボテンだったのに、すごいなあとミトは感動すら覚えた。
と同時にサボテンをもらった時が頭をよぎる。

誕生日でも記念日でもないのに、いきなり彼が照れながら小さな白い紙袋を差し出してきた。
サイズからしてアクセサリーかな、とミトは思った。
しかし紙袋から出てきたのはアクセサリーではなかった。
手のひらサイズの鉢にころんとかわいいサボテン、透明のナイロンにつつまれてきれいなリボンもついている。
アクセサリーではなかったことが少々残念だったが、それよりもミトの頭の中にはいろいろな疑問がわいてきた。

なぜサボテン?
同じ植物なら花束の方がいいのに。
しかもサボテン渡すのになんでそんなに照れくさそうなの。
バラの花束かかえてきたなら、照れくさそうにするのは分かるけど。
サボテンを渡すのってそんなに照れくさいか?
なぞ。なぞだけど照れ顔かわいい。嬉しい。

ミトは素直に喜んでそれを受け取った。

そこまで思い出してミトは我に返った。
ついぼんやりと昔を思い出してしまっていたが、こんなことしている時間はない。
サボテンを窓際に戻して、大学へ行く準備に取り掛かった。

パジャマのまま、朝食のコーヒーとトーストを準備している間もつい思考はサボテンをくれた元彼のことを思い出していた。

何がいけなかったのか、ミトはいまだにはっきりとしたことが分からずもやもやしている。
自分ではうまくいっていると思っていたのに、ある日、「僕らは合わない」と言って別れを切り出されたのだ。

たぶん、わたしのがさつな性格が彼には合わなかったのだろう。
彼はロマンチストなところがあって、ガサツなわたしはそれに気づいてあげられなかった。きっとわたしは知らないうちにちょっとずつ彼を傷つけていたのだろう。
ミトはそう分析し、自分を納得させていた。

別れてから半年後くらいに彼が新しい彼女らしき人と歩いているのをミトは校内で見かけた。
ふんわりしたワンピースを着たかわいらしい女の子。なんとなくロマンチストそう。彼女なら彼のロマンに付き合えるだろう。お似合いだな、と感じたと同時に胸が少し痛んだのをミトは気づかないふりをした。

ミトにも新しい彼氏はいる。口にべったりついたたこやきのソースをがはがはと笑いあえる人だ。元彼とはこういうやりとりはできなかっただろう、わたしにはこういう人が合っているとミトは満足している。

いろいろ思い出して感傷にひたっている自分を現実に戻すように、ミトは頬を軽く引っ張った。元彼のことなんてどうでもいいでしょ、と自分に言い聞かせる。

でも、サボテンはせっかく花が咲いたからちゃんと育てようかな。

ミトはトーストをかじりながら、スマホでサボテンの育て方や種類を調べていった。
そうやって見ていくうちにふと花言葉という文字が目に入った。

へえ、サボテンにも花言葉あるんだ。ミトは興味がわいて画面をスクロールさせた。
なになに、サボテンの花言葉は……


「枯れない愛」


ああ、だから彼はあんなに照れくさそうにしていたのね。

ミトの脳裏に彼のかわいい照れ顔がよみがえる。
その顔にときめいていた感覚が胸によみがえる。


「枯れたくせに」
花言葉が書かれた画面を凝視したまま、ミトはつぶやいた。
そして少し泣いた。

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