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あり得ない日常#58

 信用は、より実績に伴う。
価値観と発言力への信用は人間性と実績次第だろう。

 かつて世界は危うく核戦争へ突入し、人類は滅亡の一歩手前までいったが、将校の一人が承認を拒否したことで回避されたという。

 キューバ危機の最中、核を搭載した潜水艦が周囲の爆撃から逃れるために海中深く潜航、電波が届かないため外部からの情報から断絶された。

 状況からすでに開戦したのではと判断。
核攻撃を艦長と将校2人の合計3人で決め、実行しようとしていた。

 しかし、1人が承認を拒否し、核攻撃開始を回避した。

 通常、承認した艦長と政治将校の合計2人の承認だけでも同攻撃は開始されていたが、承認を拒否した将校が艦長と同じ階級にあったことと、前年、とある事故での彼の勇敢な行動と名声が、彼の拒否判断に対する強い尊重を後押ししたという。

 このように、実績と名声のある人物の主張は、時に多数決を覆す。

 もしかすると世界は、核戦争の惨劇からは彼の実績によって救われたのかもしれない。


 さて、先日社長に話をした、あのごみ収集事業だが正式に買い取る形で会社が引き継いだ。

 少し離れた都市や地域の大半を受け持っているのでそれなりに大きいが、維持するための人件費も大きい。

 唯一の収入である行政からの委託費用と収支のバランスを管理する必要があるが、それさえ乗り越えればいい投資だという。

 もし、自動でごみを収集できる仕組みを組めれば最高だと社長は言う。確かにそうだが、もしそれを実現するとなるとドローンというよりはロボットの方が向いている気がする。

 ロボットも二足歩行にこだわる必要は全くない。
ただ、安全性を前提に行政が許可してくれるかどうかだ。
そこまで考えると簡単な話では無いなあ。

 それらに全く実績のないうちの会社が本当にやるかどうかはともかく、人員整理を兼ねて人材をその会社に転籍をさせたいという話になった。

「誰か行ってもらえるかなあ。」

 いい人がいますよ。
あの先輩なんかどうでしょう。

 あと、わたしが巻き込まれた事件を起こしそうな、なかなか言う事を聞かない人たちとか行ってもらえば良いと思います。


 基本的に外部からモニタリングできるうちの会社の業務はほとんど人の出社を必要としないようにできる。

 わたしが今までそうしてきたようにだ。

 トラブルや改修に対応できる技術を持つ人物が数名担当すれば済むくらいには自動化できるので、このタイミングでそうしたらどうかと積みあがったストレスを発散するように社長に言っておいた。

 そのリストは藤沢さんのサポートのもとに、近場への挨拶回りついでに情報収集しつつまとめておいた物だ。

 本当に彼らが赴くかどうかはそれぞれの意思次第だが、嫌なら会社を去るだろう。

 問題があるとすれば、彼らが去っても大丈夫なようにアップグレードして回る必要があるくらいか。

 ほかの人はともかく、あの先輩なら『男ならこうじゃなくちゃ』やら『貢献しなくちゃ』やら、随分かっこいいことを言っていたので、ぜひ活躍を期待したいところだ。

「改めて見ると、いつの間にかこんなに人がいたんだ。必要だと思ってたけど、意外と少なく出来そうだね。」

 自動化できるところはとことん自動化した方が良い。

 海面上昇をはじめとして、気候変動が激しくなってきた現代では、このまま人間が今までどおりに、しかも普通に生活し続けられるかなんか誰にもわからないからだ。


 その後、あの先輩をはじめとした社員が「ごみ収集事業の自動化を前提とした情報収集」の大義の元、未来はむしろ君たちにかかっていると鼓舞されて意気揚々と向かったらしい。

 収集車などリソースの維持費用と、燃料コストもあることから撤退する小さな受託会社が多い中、それらの担当区域も引き受ける流れであったため、人材の補強としては十分な施策だった。

 ただ、やはり体力的にそれまで携わってきた人たちとは圧倒的に敵わないこともあってか、順応するまでとても苦労したという。

 親会社の社員という立場もあって、足手まといになる分は仕方が無いと現場の人達の間で消化され、それぞれの感情は相殺される形で人間関係の問題まではなんとか至らずに済んだらしい。

 何より、なり手がおらず人手不足だったから、多くは歓迎されていたこともある。


 家に帰らず拠点にくすぶっていた人たちをはじめ、体力がありそうな人たちは現地で単身赴任や一人暮らし、それぞれが自分の空間を持って決まった時間に身体を動かす生活サイクルになった。

 自分の意思で行った人たちなので、帰りたくない家にも帰らずよくなり、精神的にも健康になっていったらしい。

 なお、あの先輩には人を募る際に社長から、わたしが先輩ならきっとやってくれるだろうと言っていたとだけ伝えてもらっていた。

 それが効いたのか知らないが、チャレンジだと言って早々に移ることを決めてくれたようだ。

 適当でも言ってみるものである。


 わたしたちといえば、言い出しっぺとして彼らが移った後の後始末に追われている。

 今思えば、もう少しくらいは人を残しておくよう、社長には控えめに伝えておけばよかったかもしれない。


※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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