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あり得ない日常#50

 どんな道具も使い方による。

 世界には依然として何かが始まればすぐにでも、すべてを焼き尽くしてしまうほどの核兵器が配備されている。

 数は減ったかもしれないが技術と共に質も向上していく。

 世界のパワーバランスが崩れないことと、人間がミスを犯さなければまだしばらくは大丈夫そうだ。


 世界を変え得る道具の一つにお金もある。
お金は主義の違い関係なしに、どの国でも存在している物だ。

 共産圏の物資が不足する国においては、配給制度が今だ存在するところもあるようだが、お金が役に立たない分、物資の横流しが横行している。

 結局は最下層の国民が貧困に苦しむのは、どんな時代でも、どんな主義でも変わりはない。

 各国でその貧困の質は違う。

 国の最低保障制度セーフティーネットがどのように実現しているか、そもそも存在していないかによるだろう。


 税金のそもそもの目的は、富の再配分にある。

 年間最低120万円あれば生活できるとして、年間の所得1億円から半分を税金で回収しても、計算上十分に生活は出来る上に余るだろう。

 一方で、年間所得100万円から50万円回収すると生活出来なくなる。

 前者のような余裕のある世帯から、より多くの税金を負担してもらう形をとることにより、全体のインフラや後者のような低所得者層に配分を行う事で、国として後世にまで維持が期待できる。

 ただし、税金も取ればいいという訳では無く、前者本人や先祖の誰かの強い努力が成した結果で、そのような高所得、または資産があることを忘れてはならない。

 人口が減り続けると、単独民族だけでは後世になるほど血縁が近くなりやすくなるため、遺伝的な病が発生する可能性が高くなるだろう。

 そのため、高所得者だけが生き残ればいいという話にはならない。

 また、誰かの消費や支出が誰かの所得、給料になっていることも忘れてはならない。

 かつて、昭和後期のバブルが崩壊したその後のように、その時には各々力を発揮できない、時運による無力な人間だっている。

 そのように、最低保証制度を広く敷くことにより、その後の展開によっては驚くべき結果を残す人間が現れることを忘れてはならない。

 資本主義経済においては、最低保証制度の質によって、多くの消費者を産み出し維持することに繋がる。

 結果、その消費者が使うお金が、その地域の人達の所得に繋がっていく。

 ここに気づけるだろうか。

 最低保証制度の質、すなわち富の再配分とその効果は国の裁量で決まる。


 現代においては、ようやく最低給付保障制度ベーシックインカムが実現しているが、もともと存在していたわけではない。

 国会は実力のある実業家や、そこから発展した資産家から広く選ばれ、基本的にはビジネスの経験が豊富である人間が多い。

 そのため、お金よりも人材や知識の価値に重きを置く人が多く、最低給付保障制度ベーシックインカムが実現すると困る人達を一掃し、実現に漕ぎつけたわけだ。

 そんな現代の国会議員の人達は、すでに自身で多くの資産を持ち、ゼロからでも自身で稼げるノウハウを持つ。

 それゆえに政治とカネの問題がそもそも無い。

 あるとすれば我田引水問題だが、会計の透明性が徹底され、AIが事務労働力として盛んに活用されている昨今だ。

 国民の監視を潜り抜けることは難しいだろう。

 バレたら最後、本人は収監、財は国庫に、子孫にまで影響が及ぶだろう。そして、そんな人間を選んだ国民に問題と責任があるだけだ。


 国も国民の利益のために動く会社のようなもので、海外との貿易だけでなく、安全保障の交渉も欠かせない。 

 ビジネスや契約はフェアに履行されるとしても、肝心の中身、条件がフェアでなければ意味が無い。

 そこに気づけるセンスの持ち主も人材として必要だ。
さすがに国や人間同士の交渉の相手としてAIは据えられない。


 お金はよく水に例えられる。
お金ではなく米や小判を使ったとしても変わりはない。

 持ち運びや保存に適しているかどうかの違いだ。

 米は水に濡れると保存がきかなくなる。
大量に持つにも蔵がいる。
何より食料の用途が強く、交換には不便するだろう。
庶民を制するには都合のいい通貨である。

 要は、水のありかを見つける才覚に長けている人物と、貯える器を大きく持つ人物、水を増やすことに長けている人物、それらいずれかか、そのすべてか、まだ知られていない何かか。

 人は水なしでは生きてはいけない。
水に近いものを手に入れることもできるだろう。

 最低限の制度すら無いというのであれば、かつてのフランス革命のように決起する必要があるだろうが、そうでないとすれば、おおむね自分のせいである。

 共産圏が好きなら、勝手に引っ越せばいい。


 最低限の収入が保障された現代において、少なくとも由美さんが言っていたようなお金のために身体を売る人はいなくなったようだ。

 さて、困る人でもいたのだろうか。


 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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