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あり得ない日常#40

 私が育ったような家庭。
それが叶うなんて、かつて荒れていた自分に教えてあげたい。

 由美ゆみは弓道を始めるような、芯の強い子に育ってくれた。


 あの子がもしかしたら嫉妬するかもしれない。
なぜ、私にはそうしてくれなかったのかと。

 あの子で失敗した経験が生きる。
主人もかつての私の失敗を知るだけに、とても気を遣ってくれた。

 由美にはね、お姉ちゃんがいたんだよと償いのつもりで語る。
あちらにいってあの子に会えたなら、許してくれなくても謝らなくては。


 由美が中学生に上がると、日本社会に大きな変化が起こった。

 高齢化が進みすぎたため社会保障費が増大し、国は消費税を含めた増税を試みた。

 年金も健康保険も、毎月徴収する保険料と、年金は積立金でも維持しているはずなのに、増税とはどういうことだと疑問の声が各地で上がったのだ。

 政府は抱える国債残高が膨大だと、疑問に対してさらなる問題を突きつけたが、職員の天下り先への出資金や貸付金をはじめとした政府資産残高が積みあがっていることを隠し通すことはできなかった。

 行政法人が株式会社の株や債権を持ち、その枝葉は会計検査院の検査対象から外れることを利用した税金の流用が明らかとなり、政府が資産を持ちすぎているのではないかという指摘になすすべなどない。

 時の政府は、政府資産の圧縮を決め、より透明性のある政府会計を実現すべく閣議決定した。

 その勢いで、省庁間や職制上やり取りする資料や書類などはほぼすべてがデジタル化され、インターネットを介しても通信が可能な独自のプロトコル通信環境の整備が進められた。

 併せて、人工知能の活用も同時に組み込まれる。

 すると、公務員が余る事態となる。

 この問題に政府は、最低給付保障制度を採用することにした。

 これは、日本国籍を持つ日本国民であれば毎月、登録した本人名義の銀行口座に物価を考慮した給付金が振り込まれるという制度だ。

 その代わりに、それまであった年金制度と、健康保険制度、そして生活保護制度を廃止、すべて最低給付保障制度へ移行することとなった。


 詳しくはこうだ。

 まず、社会保障番号を対象の国民に割り当て、専用のポータルサイトが整備され、様々な手続きを可能とした。

 同時に、投票もハッシュ値を活用したトークンで行う事により、有権者は手元の端末で投票ができるようになった。

 移行に伴う経過措置として、それまでの不在者投票制度をそのまま活用することとし、従来の投票用紙による投票も一定期間維持された。


 最低給付保障制度創設により、精米5kgが1,500円で買える地域であれば、国民一人毎月10万円を本人名義の口座に振り込むこととされた。

 夫婦2人であれば合計20万円が、子供が5人いる夫婦合わせた7人家族であれば合計70万円が給付される仕組みだ。

 犯罪者は判決で決められる金額になるというペナルティが課されることとなった。

 従来の量刑に加え、出所した際の最低給付保障制度対象への復帰時に、通常の給付金に0.9を乗じた金額、10万円であれば9万円になってしまうというペナルティ、一定期間か生涯かは司法の判断によるとされた。


 原則、デジタル手続きで行われるが、災害などやむを得ない場合は、それぞれできるだけ最小の行政拠点で現金対応することが決められた。

 現金も、デジタル小切手やプリペイド番号方式に順次移行されることが決まっている。


 この最低給付保障制度と重複する年金、生活保護の両制度は廃止。

 年金機構はかつての社会保険庁と同様廃止、生活保護制度の維持のために審査管理する職員をはじめとした福祉事務所も廃止された。

 退職した職員も最低給付保障制度の給付を受けられるため、そのまま退職するかほかの省庁で勤務するか選択が出来るとされた。


 最後に健康保険制度だが、
国民健康保険と社会保険は統合され、財団化された。

 国民皆保険制度は厳密には廃止された形になる。

 医療保険に加入をすれば、ちょっとした病気にも保険金を受けられ、利用を根拠にした医療保険料の引き上げは法律で禁止された。

 各医療保険と財団は相互に協力し、国民の健康の増進に資することを目的とすることとされ、特に高額な医療については、子供はすべて、大人は労働年齢人口層、そのほかは資力に応じて割合で保障することとされた。

 これにより、もう助からないのがあらかじめわかっているにも関わらず、数百万から数千万の医療費を皆保険で提供するという矛盾が排除された。

 同時に、日本国籍を持たないにも関わらず皆保険で医療を受ける矛盾も排除された。


 このように、国として未来の国民、つまり将来の納税者となるはずの子供を作らなければならない事と、現在の国民に広く最低限の生活費を保障することで、そうなりやすい環境と不平等感が解消されることとなった。

 また、日本国民になれば最低保障給付金を受け取れるようになるという制度は、海外にも注目され、日本版グリーンカードを求めて移住を目標に渡航してくる外国人も徐々に増えていくこととなった。

 日本の国籍を取得するためには、最低限日本語の読み書きが可能であることと、労働期間が5年以上で審査資格が得られる。

 資格を満たす人物の中から抽選で選ばれ、永住権が付与されるという仕組みだ。

 これにより、一定の納税者の確保と、外国人の積極的な来日を後押した。


 最低給付保障制度で得られる給付金だけでは、物足りない、または足りないと感じる国民は、そのまま雇用を求め、それで得られる所得からは税金を納めるという形になった。

 海外旅行や、より高度な教育、将来の高度な補償外の医療に備えて資産運用をするなどの通貨への需要が、そのまま労働力へとつながった。


 現行の学校教育制度は廃止。

 インターネットを活用した、動画や教材を活用した個別教育を軸として、高校卒業程度まで学力認定を受ければ、その先の研究施設や海外留学なども選択肢に個人の興味や目標に沿った教育を受けられるように整備された。

 自宅で勉強できるだけでなく、学校の代わりに設置された各教務センター内の学習室で同様の学習ができるようになり、教諭資格を持つ職員が運営事務を主な業務とすることで常駐することとなった。

 任意で部活やサークルもコーチや監督といった管理者を雇えるのであれば設置できるようにされた。


 このように、存在する技術はフル活用、限りある財源を最大限有効活用することを最優先として、国全体が大きく変わったのだった。

 もう一人、子供を作ればよかったかもしれない。


 この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

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