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トランピアンになっちゃった人たちへ (3)

魔術的思考と陰謀論

日本のトランピアン・ユーチューバーさんの中には「もうすぐ戒厳令が発布されペロシ議員はじめ民主党員が逮捕される」など、Qアノンが元ネタらしいファンタジーを語る人が何人もいて、しかもそれが何万回も視聴され、「お話を聞いてほっとしました」「希望が持てます」などのコメントが寄せられているので驚愕する。

彼らが口にする民主党議員への根拠のない誹謗中傷は紛れもなくヘイトスピーチだが、これも親玉トランプが解き放ってしまったカルチャーなのだろう。それに同調するヘイトに満ちたコメントにもげんなりしてしまう。

事象を自分の都合のよいように解釈したくなる性向は誰にだってある。

でもマスメディア情報を嘘と決めつけ、マスコミの何倍も強烈なバイアスのかかったユーチューバーの発信する情報を「真実」と受け取るようになるまでにはかなりの段階があるはずだと思うのに、そこをあっという間に飛び越えてしまっている人が多いのに呆然としてしまう。

陰謀論者が物事を都合のよいように解釈してストーリーを組み立てる素早さは、6日、議事堂が襲撃されている最中にも伺えた。

ツイートで流れてくる細切れの映像や画像をもとに、さっそく「アンティファの仕業だ」という陰謀論が間髪を入れずに流通しはじめ、またたく間に「この人はアンティファの人だ。議事堂を襲っているのはトランプ支持者じゃない。民主党の仕組んだ陰謀だ」というストーリーが出来上がった。

というか、もともと心の中にそういうストーリーが出来ていて、「アンティファみたいに見える人」の写真を渇望していたのだろう。

大統領が11月からずっと繰り返していたのもまさにそれで、「不正があった」という願望にもとづく主張がまずあり、「あの箱が怪しい」「このマシンが怪しい」と、怪しげな証拠をやっきになって探しまくった結果、奇妙な証言をする証人以外に何も実のあるものは見つからず、ジョージア州に「お願いだから1万票探してきて」と頼むに至った。

なにしろ、バイデンが優勢と報じられていた9月の段階で、「俺がバイデンに負けるとしたら不正選挙のせいだ」「この選挙は見たこともないようなひどい不正選挙になる」と、自ら「予言」していたのだ。

トランプ政権には最初からマジカル・シンキング(魔術的思考)があった。
それが顕著に現れたのはコロナ対策だ。今年2月にトランプは「コロナなんか、奇跡みたいにすぐに消えてなくなってしまうんだ」と断言して何も積極的な対策を取ろうとしなかった一方で、「連邦のシステムはメチャクチャだったが、俺は今まで誰もやったことのないようなすごいことをした」と、根拠なしに自分を褒め称え続けた。

現実から完全に乖離したことを事実として自信たっぷりに断言するこの大統領の性癖を人として恥ずかしいことだと思う人がいる一方で、支持者たちは威勢のよい幻想を額面どおり受け取って心酔してきた。

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BBC "Capitol riots: Police describe 'a medieval battle'"

自己啓発の師とトランプ

トランプは、自己啓発の元祖であるノーマン・ビンセント・ピール牧師に若い頃から心酔していたという。

2017年の『現代ビジネス』の記事で、森本あんり氏はピールの教えをこう解説している。

「一言で言えば、「自信をもちなさい」ということである。そうすれば、万事がうまくゆく。自分が成功するイメージをもち、ネガティヴな考えを追い払い、現実を楽観的に見なさい。それがあなたに力を与え、成功と幸福を約束してくれる──」

ピールの愛弟子として扱われながら、トランプは教えのすべてを実践したわけではなかった、と森本氏は指摘している。

「明らかに、トランプは師が教えたことすべてに忠実、というわけではなさそうである。ピールは他にも「謙遜であること」、「怒りに身を任せないこと」、「口を慎むこと」、「人を憎まないこと」などを教えたが、これらはトランプの耳には届かなかったらしい」

「トランプが心酔した自己啓発の教祖」現代ビジネス 2017年1月20日

つまり、このポジティブシンキングを自分の利益にだけ向けて、残りの、人としての品性にかかわる部分をそっくり切り捨ててしまったんですね。そして、ブルドーザーのように成功を収めてきた。他者への視点が欠けているために「負けることはすなわち死ぬこと」と感じ、そのようなネガティブな考えは自分の世界から駆逐しなければならないという態度を押し通してきたのだろう。

大統領になってからもそれはまったく変わらなかった。だからこの人は負けを認めることができず、自分に都合の良い楽観的なストーリーを断言し続けるのだ。

何度もウソを繰り返している間に自分でもウソと現実の境目がわからなくなるということは実際によくあることだ。わたしもそういう病的な嘘つきを個人的に何人か知っている(そういう人は大抵、最後に刑務所に行くことになる)。選挙後のトランプはそういう境目に陥っているとしか思えない。

でも一番驚くべきは、彼の断言する幻想に喜んで巻き込まれていく人びとが無数にいたことだ。それには、追随または黙認してきた共和党議員が大きな役割を果たしている。

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BBC "Capitol riots: What are far-right Trump supporters saying?"

嫌悪と悪魔化

トランプのキャンペーンの常套手段は、政敵や自分の邪魔になる人を悪魔化することだった。つまり、相手を「話も通じない完全に邪悪な存在」として切り捨て、自分とその追随者だけを正義の味方にすること。

去年の大統領選のキャンペーンではそれがますます過激化した。トランプは
「民主党はアメリカを共産主義のキューバにしようとしている」
「民主党の市長がいる市は犯罪だらけだ」
「バイデンはアメリカを破壊する。彼を消さなくてはならない」
などと根拠のない中傷を支持者に向かって繰り返し、支持者はそれを熱狂で迎えた。

米国史上いまだかつて、大統領候補が政敵を売国奴扱いしたことはなかったし、これほど意図的に政局の二極化を深めようとしたこともなかった、とLAタイムズのコラムニストでジョージタウン大学教授のドイル・マクマナス氏は書いている。(LAタイムズ2020年10月14日 Column: Trump’s demonization of Biden is not normal)

「共産主義」「危険」「犯罪者」といったラベルで恐怖の感情を煽り、敵認定した人を完全に「あちら側」の悪魔的存在に仕立て上げてしまう。そこには嫌悪と恐れしか生まれず、対話の余地はますます消えていく。

一方で、支持者の間には、邪悪な敵と戦っている正義の味方の高揚感が与えられる。

陰謀論者たちの心情にトランプの差し出すこの「答え」がぴったりはまるとしたら、やっぱりそれはかなり残念な世界だ。

日本のトランピアンさんにはスピリチュアル系の人も多いようだけど、それならどうして、あの人が巨大なエゴにとらわれていて自分しか見えない、かなり精神性に問題のある人だということが感じ取れないのだろう。

言葉の壁だけが理由なのだろうか。公の場で小学生に聞かせられないような下劣な罵り言葉を繰り返し、インタビューでは自己憐憫と愚痴ばかりで、自分が尊敬されていないことに常に激怒している、気の毒なねじまがった心の持ち主なのに。

その品性の低さがわからないのか、わかっていて同化して、トランプの投射する幼稚な全能感に共感し、力と喜びを感じているのか。

トランプが深めてしまった分断が癒やされるにはまだだいぶ時間がかかるだろうけれど、この1月6日の事件は、アメリカに巣食う暗部を可視化させてくれ、トランプが何であったのかをはっきりと描き出して定義し、何が危機にさらされているのかを浮き彫りにした、またとない貴重な機会になった。残念ながら犠牲者が出てしまったけれど。

もちろん、負けを認められない陰謀論者たちは次々に新しいファンタジーを生み出していくだろう。それが多くの犠牲者を生まないように願うばかりだ。


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