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おばあちゃんとルミネ【エッセイ】

幼い頃、祖母とお出かけするのが好きだった。

祖母はよく笑いよく泣く、少女のようにチャーミングな人だ。87歳になった今でも変わらない。

そんな祖母に手を引かれ、よくデパートへ行った。私は本と文具を、祖母は地下のお惣菜をじっくり見るのが常だった。

時折、デパートではなく「ルミネ」に行くよ、という日があって、それは私を特別わくわくさせた。なぜなら、「ルミネ」には「電車のすべり台」があるからだ。

電車の形をした木製のその遊具は、側面にすべり台が付いている。店の並びから少し奥まったところにあるその一角はいつもすいていて、喧騒からぽっかり守られているようだった。

私はその電車に乗れば、どこまでも出掛けることができた。
長い旅は都会へ続いてることもあれば、星空や海原に届くこともあった。
一人で揺られるのも大人のようで背筋が伸びたし、座席の傍らに友人が乗って共に冒険してくれることもあれば、素敵な人と待ちあわせたりもした。
時折外に身を乗り出して、販売車の売り子になってみたりもする。
なにしろそこにはなにも無いのだから、何をするのも自由なのだ。



そんな私のとりとめのない空想を、まるごと受け止めてくれたのが、ルミネのすべり台とおばあちゃんなのだった。

祖母は私がそこで一人遊びをする間、傍らで待っていてくれたのだと思う。遊びに夢中だった私には、「待っていてくれたおばあちゃん」の姿を思い出すことができない。どこにいたのだったか…ベンチにでも座っていたのか、それとも座る場所なんてなくて立っていたのか。


大人になった今、公園で遊ぶ娘を「帰るよ」と急かしたりするときに、なんとなくルミネのことを思い出す。砂を夢中で掬ったり、遊具の周りをぐるぐる回ったり、遊びを通して何か、自然やどこかの世界と全身で交信している娘に、水を差すようなことはしたくはないのだけど。そうはいかないことも多いのがもどかしい。


地元のその「ルミネ」はもう無くなり、別の名前の駅ビルになってしまったらしい。私も、「ルミネ」という響きから思い浮かべるのは、すっかりショッピングのことになってしまった。
でもふと、その言葉が私の特別な世界を指していたこともあったなと、若かった祖母の笑顔と共に懐かしく思い出すのだ。



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