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変な人 (20)東久留米、伝説の寒暖法男

 その男は、あの幻のトレーニングを行っていた。

 (本編、下ネタにつき、苦手な方はご遠慮ください)

 それはある週末の午後、ごみ処理場の熱源を利用した温水プールと銭湯が併設された施設に出かけたときのことだった。
 2時間ほどたらたらと泳ぎ、心地よく疲れた身体をプールの隣にある銭湯の湯船にどっかと沈め、すかさず帰宅して冷やしたコップでビールを飲むというのが、我が最高の休日計画。
 そのまさにメインイベントの会場(自宅です)に向かうため湯船から上がり、「さぁ、そろそろいくかー」というときだ。
 浴室の扉をカララと開けて、一人の男性が裸(当たり前だけど)で、前のあたりをタオルで隠して入ってきた。

 身長160センチくらい。ややガニ股。50歳前後。肉体労働関係者風。色浅黒く、髪の毛は密集しているせいか、短く刈り込んだ髪が芝生のように屹立し、その浅黒い顔にはちょっと疑り深そうな、しかし表情の乏しい小さな目と団子ッ鼻が配置されている。
 男は広々とした浴室を一渡り見渡すと、入り口の脇にある、小さな湯船(かけ湯)の方に向かう。
 お風呂に入るときは前後や足を洗い、出るときは浸かったお湯を一応ざっと流すためのお湯が貯められた小さな湯船である。
 この銭湯のかけ湯、お湯と冷水の2層に分かれており、どちらでも好きな方をかけられるようになっている。

二層式のかけ湯。サウナの後の冷水浴も気持ちいい。

 男は、その2層式のかけ湯に向かうと、まず水のほうを桶で汲み取り自分のあそこのあたりにかける。水というのが寒そうだが、銭湯作法として正しい行為である。
 しかし、そこから先、男はとても変で、ちょっと懐かしい行動に出たのだった。
 男はかけ湯の左右の仕切りのあたりに陣取り、今度はお湯をあそこにかけたのだ。
「あ、間違って水かけちゃって、冷たいからお湯をかけなおしたか」
 一瞬、そう思った。しかし、そうではなかった。
 男はお湯を自らのあそこにかけた後、また水を汲み取り、同じ場所へ。
 さらに間髪を空けず、お湯、水、お湯、水、お湯とかけ続ける。
「おー、これはもしや、あの、伝説のトレーニング方法ではないか!」
 やれ懐かしや!
 そう、男が行っていたのは、今の団塊世代あたりであったら深く頻繁にお世話になっていた伝説の雑誌「GORO」で紹介されていた、あの幻の息子トレーニング方法だったのである。
『毎日、お水とお湯を交互にかけるトレーニングを行うことで、ペ〇スが急激な変化にも耐えられるようになります。一日、10回以上。お湯はお風呂のお湯でかまいません。くれぐれも熱湯は使用しないこと』
 うーん、思い出すぞー。図解入りの特集記事だったぞ。
 不肖、ワタクシも3日ほど実行したものである。
 しかし4日目を迎えたあたりで、突如むなしさと悲しさに襲われ、やめてしまった記憶がある。
 何と言うことでしょう。その伝説のトレーニング法が、数十年の時を経て、今、目の前で再現されるとは……。
 たしか『寒暖法』と名付けられていたような。
 1年ほど大きなブームになっていたが、その後、この寒暖法を目にしたことはない。
 つまり、目の前の、この浅黒い男性は、きっと私と同じGOROを読み、それから数十年にわたりずっとこの鍛錬法を実行している、ということなのだろう。
 もし本当なら、鍛錬の結果、男の息子さんはどれだけ強靭なものに育っているのだろう。
 それは、どんな試練、変化、快楽にも動じない、鉄人28号のようになっているのではないか。
 まさか数十年やり続けて、何も変化がなかったということはあるまい。
 何かしらの「手ごたえ」というものを支えに続けてきたに違いない。
 それがなくて数十年というのはあまりにも長い。
 うーん、お話をお伺いしたい。今からでも遅くないのなら、私もぜひ。

 十数回のお湯と水の繰り返しに満足し、振り返った男の息子さんは、しかし、そんな過酷で長期間にわたるトレーニングの過去など微塵みじんも感じさせない、どこにでもいらっしゃるような平凡な佇まいの方なのであった。

 (つづく)


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