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生成AI時代の生き方を考える:アナログで伝わってきた文化をしっかり残しておこう

こんにちは。『あの人がいた時は、何か楽しかったね。』と言ってもらえるような存在になりたい、OZ-WARASHIです。

生成AIは、あっという間に生活に入り込んできました。まだ一年もたたないのに、国は学校は会社は、どのように関わるべきかなど、毎日のように議論がされています。

この、生成AIは、集めた情報を元に、問いに対する答えを生成しているのですが、元の情報というものが、圧倒的に英語で記載されたものという特徴があります。

元々英語ベースのデータが多く、日本語で入力したものは、英語に翻訳されて処理され、英語で返ってきた回答を、日本語に翻訳して出力している。

このプロセスがどのように変化修正されていくのか、まだまだ分からないことが多いですが、仮に今後も、日本語情報は英語などの別の言語に翻訳され、AI処理されることでしょう。

そうなると、翻訳の難しい文化的なことがらとか、そもそも言葉での伝承の難しい有形無形の文化遺産や、関係性とか、意味とか、その変遷とか、地域的な特性とか、そういうのものの中で、私たちはきっと、生きてきたし、その中に、自分の役割を感じてもきたもの。

そういうものが、意識して保存しないと、いつの間にか無かったことになる。あるいは顧みられなくなる、そういうことは過去にもあったし、これからは、もしかしたら加速して情報がUPDATEされるように、無くなっていくのかもしれません。

昔、写真を全て写真屋でプリントして、アルバムに丁寧に貼って残していた時代と、スマホで撮ったデジタル写真をSNSやクラウドに保存して、たまにまとめて見返す時代、何かが変わり、便利になる一方で、残されるものが減少しているように感じる。

そのように、生成AI時代は、日々の会話とか学校、仕事、家庭でのあらゆるやり取りが、自分の外側で翻訳され、加工され、解釈され、最適化され、そして課題解決のために再利用されていく...。

その過程の中で、すり減って無くなっていくものを、できれば認識し、承継していく取組に向けて、絶やさずに努力をつづけることが大事と思います。


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