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『魔王城』


とても大きな、深紅の扉の中からは、
ゴオン、ゴオンと、
不気味な音が鳴り響いていた。
しかし、勇者は恐れることなく扉を開いた。
魔王城に辿りついたのである。

王によって選ばれしこの勇者は、
世界を救う使命を受けて、
伝説の剣を引き抜き、
精霊の国で加護を受けた鎧を授かり、
荒れ狂う海にある神殿で魔法の兜を手に入れ、
長い冒険を経て、
魔王城があるこの火山の頂上に立っている。

城の周りはドロドロとした溶岩が流れていた。
しかし中に入ると、
恐ろしいほど冷たい空気が流れていた。
血のように赤い絨毯が敷かれている。

勇者「ついに決着の時だ!
   さあ、出てこい魔王!」

魔王は見当たらなかったが、
部屋を見渡すと、奥に、
別の部屋につながる通路があった。
ふさぐように上から何かが垂れ下がっていた。
そこから、威厳のある声が響きながら近づいてきた。

魔王「ハーッハッハッ、
   よくぞ我が魔王城へたどり着いた。
   死ぬ前に、褒めてやろう。」

魔王は、ペタペタペタと、もこもこのスリッパの足音を立てて、部屋の奥の、なんか、ジャラジャラとした赤や青、黄色といった原色のビーズを紐で束ねて、それを集めて出来たのれんをかき分けて出てきた。
さきほどふさぐように上から垂れ下がっているように見えたものだ。

勇者「なんだその服は!?」

勇者はとりあえず、服装について尋ねることにした。
くすみにくすんだ、灰色のだるっとしたスウェットの上下。
ズボンに関しては腰のゴムがゆるみきっていた。

魔王「これは部屋着だ。
   さぁ、最後の戦いを始めよう。」

勇者「え、その服で良いのか?」

魔王「どんな服装でも私の力は変わらない。
   さぁ、血沸き肉躍る戦いを始めよう。」

勇者「沸かない!踊らない!
   なんで部屋着なんだよ!」

魔王「家だから。」

勇者「・・・いや、ここは魔王の城だ!」

魔王「そう、私の家だ。」

勇者「あれ?」

魔王「住んでるから。普通に。
   さぁ、血を血で洗う戦いを始めよう。」

勇者「んん、着替えてよ!
   ムードが台無しなんだよ!」

魔王「いや、普通に過ごしやすい、
   家だから。」

勇者「ゴオンゴオンと恐ろしい音が鳴って、
   周りは溶岩に囲まれているのに、
   なぜか城内は空気が凍てついて寒い。
   このムードをお前のスウェットが
   ぶち壊してるんだよ!」

魔王「え?凍てついて寒い?
   エアコン消そうか?
   戦いに影響出て、
   血沸き肉踊りづらくなったら困るし。」

勇者「エアコンかよ!?これ!
   凍てついた空気!!」

魔王「そうだよ。」

勇者「もうじゃあ、エアコン消して!
   服着替えて来いよ!」

魔王「ちょっと待て。」

魔王は原色のビーズを紐で束ねたものを集めてできたのれんをくぐって、奥の部屋へ行った。
奥から声が聞こえる

魔王「エアコン消したよー。」

勇者「じゃあ早く着替えて。」

魔王「だめだ。黒のローブ全部洗濯中。」

勇者「え、奥に洗濯機置いてある!?」

魔王「だから住んでるから。
   あ、今、脱水になった。」

ゴオン、ゴオンと恐ろしい音が、水を絞るような音に変わった。

勇者「おい、さっきの音、
   洗濯機が服洗う音かよ!」

魔王が、原色のビーズの束を集めてできたのれんをくぐって、勇者がいる部屋に戻ってきた。

魔王「ごめん、うち洗濯機古くて、
   うるさいんだよ。
   ドラム式買おうよって、
   ずっといってるんだけどさ・・」

勇者「その団地の実家にあるやつも外せよ!」
原色のビーズの束を集めてできたのれんを指さして、勇者は地団駄を踏んだ。

魔王「あんまり他人の実家の
   そういう部分いじるなよ。」

勇者「魔王の城のこと他人の実家だと
   思えるわけないだろ!」

魔王「あと、ずっと声響いてるし、
   足踏みとかもやめてもらっていい?」

勇者「お前ここで戦おうとしてただろ!」

魔王「いや、戦うのはいいよって、
   お母さんに言われてるから。」

勇者「お母さんいるんだ!」

魔王「さぁ、血を血で洗う戦いを始めよう。」

勇者「いやだよ!ここで戦えねぇよもう!」

魔王「お母さんのことは
   気にしなくていいから。
   血を血で洗う戦いを始めよう。」

勇者「後片付けするのお母さんだろ!?
   実家なんだから。
   気遣うよ!
   絨毯とか洗うのお母さんなんだから!」

魔王「でも、奥の部屋は畳だからな。」

勇者「そういう話してねぇから!
   え、なんでこんな団地なの?
   団地の建築士がこの城建てた?」

「ちょっと~~~~。」
のれんから、おばさんが顔を出している。
魔王を呼んでいた。
勇者にニコッと笑いかけてきた。
勇者はお辞儀で返した。

勇者「あ、お邪魔してます〜。」

「いいえ〜〜。
 なんか戦う?らしいわね。
 汚くてごめんねぇ。」

おばさんは魔王を奥の部屋に手招きした。

勇者「目は笑ってなかったな。」

魔王が奥の部屋に入り、何やら話してから、勇者のもとに戻ってきた。

魔王「・・・チューペットの半分あげるからさ、お母さんがパートの時間のときにきてもらっていい?」

勇者「んん、俺も実家帰りたくなってきた!」

~おわり~


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