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20090203 方便の註

 何かの雑誌に終末期医療$${^{*1}}$$に携わる一人の医師のインタビュー記事が載っていた。医療現場での延命治療やそれに関わる医師に考え方、その患者の実状など非常に興味深い内容だった。この医師は、治る見込みのない末期がんなどで死ぬまでの間、苦しまなくても済むようにする緩和医療$${^{*2}}$$の考え方の紹介や生死観、患者はどうやって病院とつきあっていけばいいかをまとめた本を出している。

 面白そうなので早速購入した。定価は1470円だが、古本は200円以下だったのでこちらにした。書籍などの通信販売を行っているアマゾン$${^{*3}}$$では古本も扱っている。新本の送料は1500円以上なら只だが、古本の場合は値段に関わらず340円$${^{*4}}$$である。送料を足しても断然古本の方が安いので、迷わずこちらにした。

 本のカバーの下部には赤地に黄色い文字で「病院を見る目が変わる真実」と大きく書いてある。こういった謳い文句は、通常は$${^{*5}}$$に書いてあるが、この本ではカバーに直接印刷してあった。最近はこういう方式が多い。

 「はじめに」を読む。最後に註として、少し小さな文字でこんなことが書かれていた。「本文中で出てくる患者さんの事例は全てフィクションで、実在の人物・団体等はとは一切関係がないことを明記しておきます」とある。一気に読む気が失せた。終末期医療の現状とか見る目が変わる『真実』と言っているのに、どうして「事例が架空」であるのか。実名などを伏せて紹介するのであれば現状や真実を伝えることになるが、事例が全て架空と言うのは一体どういうことか。本書の内容そのものに誇張や虚構が含まれているということを宣言している様なものではないか。

 何故このようなことをわざわざ書いたのか。実名を伏せるにしても患者の事例を出すには、遺族の許可などが必要だからだろうか。勝手に書いて訴えられるのを避ける為か。医師が医療行為で知り得た情報は医療行為の中で使われるべきで、一般の書籍でその内容を公開することは目的外の行為として医療倫理に反するからだろうか。

 こう考えていくと、医師が一般大衆向けの読み物を著す際に、医療現場の事例を紹介するには「フィクション」を使う以外不可能の様な気がしてきた。そしてフィクションであれば、もうそれは事例ではない。ということはこの註は単なる方便であって、実は本当にあったことを紹介しているとも考えられる。本書を著した医師はそれを賢明な読者には悟って欲しいと願って書いたのかも知れない。そうでなければ、こんなあからさまに矛盾した書き方をしない。そうに違いない。

*1 終末期医療に関するガイドラインについて
*2 緩和ケア診療部|東大病院
*3 雑記草商店
*4 Amazon.co.jp:ヘルプ > 注文 > Amazonマーケットプレイスでの注文 > Amazonマーケットプレイスでの配送料と配送条件 > 個人出品者およびプロマーチャント(大口出品者)の配送料と配送条件
*5 印刷ミニ知識:上製本の各部分の名称 有限会社 小野印刷所

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