畦道伊椀

アゼミチイワンです。皆様のクオリティの高い創造性に負けないように精進します。

畦道伊椀

アゼミチイワンです。皆様のクオリティの高い創造性に負けないように精進します。

最近の記事

3分掌編『断食小姓』

煤《すす》を吹いた胡桃《くるみ》の床板《ゆかいた》にぽっかりと空いた矩形《くけい》の奥底にある糞尿と対峙している時は、三助は鏡を見ているよりも自分自身と対面している気がするのだった。その周りを雑巾で拭う時、お屋形様の土間の入り口に婢女《はしため》が捨てていった水呑田吾作《みずのみたごさく》の餓鬼である自分の顔を、井戸水を汲んだ桶でもって洗っているより、綺麗にしている気がしたのだ。同じように働く小姓たちには、恥ずかしくてこの心持ちは言えない。 糞尿の匂いを存分に吸った後、掃除

    • 3分掌編『人情の居どころ』

      闇夜からすうと蜘蛛の糸が垂れてきた。 じゃくまくと打ち捨てられた暗い田端を歩いている時のことだった。 何故こんなところを歩いていたのか、とんと記憶になかった。 ただ妻子との夕餉の円居《まどい》で卒倒して、それっきり何も覚えていなかった。 なぜ闇夜から蜘蛛の糸が垂れてきたのは、俺には何も分からない。だがこの糸はずっと上辺まで続いているような気がする 腕を伸ばしてなるべく上辺をつかんでみる。引っ張ってみると身体は楽にぶら下がった。 今度は足はどうだろうか。いや、これも

      • 狐の嫁入り

        深山の岨《そば》に寄り掛かって往生しているところだった。 低木の枝葉がもたげた陰の祠が不意に目に入ってきた。どうしてか今まで気がつかなかった。 尾根筋と谷筋が狭窄しながら組みあった山中の辺り一遍に天気雨が降りかかった。蝉時雨が響き渡るところに散らばった柔い雨粒だった。 雨粒に涼みながら、酷く痛めた脚を一撫で、俺はこれから一体どうなるのだろうかと思った。遭難したのにも関わらず、妙にまたいだ気持ちは起こらない。 晴れ晴れとした空を見上げた。この山中に降る天気雨には謂《いわ

        • 狐に助けてもらった話

          部屋陰から斜に見た網戸の向うに、さあと激しい雨脚が立ち始めた。 網戸の一目一目に区切られた綿密な景色を、ぼかすような大雨だった。 部屋隅にひっつくようにして、僕は部屋からあぶれていた。 夏の暑さがよいよいと賑やかしい車座で部屋の央に居た。雨で彼らが去った。 にもかかわらず、今も部屋の隅が居心地が良い。 掌中をもてあそぶ僕のフリックは暇すらも使いこなせず、だがいよいよ異様な大雨になってくる。 裏庭から聳える狭山の土砂が崩れるような気持ちが大雨になるといつもする。 そういえば近

        3分掌編『断食小姓』

          ぶひぶひの母

          幼時、思い出せばその頃から母の気は違っていた。 山深い山村に一人嫁に来て、親類親戚誰も味方が居らず、毎日のように舅の二人に虐げられた母は、産んだ僕に乳を与えている時分にはもう弱り果て参ってしまっていたらしく、その時には、どうやら自分の生んだ子を育てられるような事情の中にはいなかったようだ。 子を育てられなくなった母の代わりに、僕を育てたのは祖母だった。祖母は母から僕を取り上げると、僕を溺愛し、一方で母を僕から斥け、母から隠し、こちらをうかがい知るような母の眼差しを睨みつけ

          ぶひぶひの母

          詩です。作物とともに腐る村

          墓守の老婆が若者に笑う 項垂れた向日葵が午後の日差しをうなじに受ける 作物は畑に生ると緑に腐って虫を喰い殺す すえた畑に老婆が鎌を振るっているのが見える 目もあやに腐った日射がアスファルトを這う匂いがする 集落は老人達と共に腐り果てていく 殺到する山々だけが深い緑の吐息を吐く 畑はすえた。老人達の黄色い飛沫ですえきった。 墓守の老婆が僕に笑う 黄ばんだ前歯に僕が映りこむ。

          詩です。作物とともに腐る村

          海上、笛抱き 船板に腰掛け 音吹きを楽しみ 海原が琢磨して空に浮かべた 蒼月に翻る 一匹の鯨

          海上、笛抱き 船板に腰掛け 音吹きを楽しみ 海原が琢磨して空に浮かべた 蒼月に翻る 一匹の鯨

          夕方の蜂

          夕立の上がった夕方のことである。 雨滴に翅が潰され、もう飛べなくなった庭先の蜂を、後生だと思って踏みにじった。 もう十分だと思って靴を上げると、蜂はきっと絶命こそしていたものの、ぴくぴくと脚が引きつり、彼は生物とも無生物ともつかない姿を、夕暮れの空のもとにさらしていた。夕暮れの空にはつい先まで夕立を降らせていた底の暗い雲が、上の方で斜陽のおびただしい光線を浴びて輝いているのが空に上がり、地上から見ればそれが一幅の眺めを成しているかのように思えた。 その夜、布団に横になりなが

          夕方の蜂

          ある朝

          ある朝、いつもより早く目覚めた時、目に見えるものが近く鮮明に感じられる気がして、まるで今なら小説家になれるかのような錯覚を覚えた。 私室から出てすぐの階段を降りていくと、玄関がある。玄関上辺の硝子窓には雀蜂が入りこんでいる。長細いガラス窓の上で翅を振動させるおあつらえむきの姿が、階段を降りていく小説家気取りの眼差しに近く鮮明に写り込んだ。 「お母さん、蜂が入り込んでいるよ」と居間の敷居で声を張ると、台所にいる母が殺虫剤を持ち出してやってきた。母の後についていく最中、幾重の

          スメルジャコフ氏を弁護するーなぜアリョーシャは彼に同情しなかったのかー

          かの物語において、父を殺したスメルジャコフ氏が法廷で裁かれることはありませんでしたが、きっと彼も私たちと同じく神の審判によって裁かれるのでしょう。これはスメルジャコフ氏の異母兄弟であるかの三兄弟の誰一人として彼を弁護しなかったとしても、この私がスメルジャコフを弁護人になるその演説のための台本でございます。 神よ!どうか私の言葉を聞きたまえ、たとえそれが異教徒の言葉にすぎなかったとしても! 異教徒の物語、ギリシャ神話には二つの鏡が登場するのは神もご存知のはず。ナルキッソスが見

          スメルジャコフ氏を弁護するーなぜアリョーシャは彼に同情しなかったのかー

          フラれた理由

          剣、斧、鎖鎌。  子供たちは、新聞紙から今日も思い思いの武器を生み出して遊んでいる。  彼らが思い思いに回答する、「ぼくのかんがえたさいきょうのぶき」への正答として、人類が第三次世界大戦とも呼ばれる「8年戦争」という設問の末に生んだ兵器は、核でもなければ分散するステルス巡航ミサイルでもなく、ウィルスとも化学分子ともつかない得体の知れないものだった。  二酸化炭素でも放射能でもないそれ、今は「レジオン」と呼ばれるそれが大気を満たしている。  吸気から肺を通して人体に潜伏するそ

          フラれた理由

          掌編3分の旅『お母さんと刑事さん』

          僕ね、お母さんのこと大好きなんだ。お母さんはとっても優しい良いお母さん。いつも僕のことを心配してくれて、僕の障害になるものをいつも先回りして取り上げてくる。お陰で僕は転んだことなんて一度もないんです。優しいお母さんがイケナイって言ったら、僕はどんなことでもすぐイケナイことだと認めるんです。例えば塾のテストで百点取らないのはイケナイこと。ワルいお友達と遊ぶのもイケナイこと。学校から帰る時に寄り道するのはイケナイこと。お母さんの気に入らないお絵かきをするのはイケナイこと。お母さん

          掌編3分の旅『お母さんと刑事さん』

          さて、シンドいラノベ訳に取り掛かりますますか。

          さて、シンドいラノベ訳に取り掛かりますますか。

          掌編3分間の旅『生命誕生の謎』

          クソッ!誰だ!誰が改ざんをしでかしやがった!一体誰が新しいクローンに勝手に人工記憶を植え付けやがった! 生命誕生の謎を解き明かすための研究をしていた科学者は、優秀な助手を簡単に手に入れるため、自分のクローンを作り出し、彼らに研究の手伝いをさせていましたが、そのクローンのうちの一人が、本体である自分の許可なく勝手に別のクローンを作り出し、その上そのクローンを生成するときに、自分が本体であるというニセの記憶を植え付けたらしいのです。研究で優秀な成果をあげたニセ本体クローンは、他

          掌編3分間の旅『生命誕生の謎』

          掌編7分間の旅『僕はロボット』

          僕はロボット。 僕は地球歴337年の長閑《のどか》な片田舎に、お母さんのお腹から、お兄ちゃん、お姉ちゃん、僕の三人兄弟の末っ子として生まれた。  僕がロボットになったのは周りのものごとを理解しはじめる3歳頃の夏の話で、市役所に出かけたお母さんが、各種申請を済ませてから、ロボット適性検査を受諾した後、行政が発行したパスを受け取ったのがはじまりだったらしい。その頃に丁度お父さんが死んでしまって、お母さんが女手一つで三人の幼な子を育てるのは厳しいと思ったのがきっかけだった。行政書

          掌編7分間の旅『僕はロボット』

          ラノベ訳『オイディプス王』 第1話「デルフォイの神託」

           神代のギリシアの話である。  英雄『カドモス』が『ボイオティア平原』に築いた都市国家《ポリス》、『テバイ』は彼の血脈を継ぐ『ラブダゴス王家』によって代々統治を重ねて来た由緒ある都であった。    今から三十年の昔、ギリシア全土の運命を司る『デルフォイ』なる神託《しんたく》が、『テバイ』の時の王、『ライオス』に告げた。 「私が・・・・いずれ生まれ来る我が息子に殺されるだと・・・・その上、玉座にその子が凭《もた》れ、妻は忌まわしきその手の中に・・・・・・・・」 『ライオス』は

          ラノベ訳『オイディプス王』 第1話「デルフォイの神託」