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りょうちゃんとりょうくん

 一週間にいちど会う君のことを思い出していた。

「あれ……」

 その日は残業から帰ってきて洗濯機をまわしたらガッゴンガッコンという音ともに洗濯機さんがへそを曲げた。仕方ないので近所にあるコインランドリーに向かうと君と出逢った。

 黄色い尻尾が茂みからひょこひょことこちらを手招きするみたいに上がったり下がったりする。僕は気づかれないようにそっと近寄ると、その尻尾に触れた。

 君はなんといったのだろうか。とにかく突然に声をあげて僕の肩に飛び乗った。そのまま洗濯が終わるまで肩の上に乗りこちらを見下ろしていたことを覚えている。僕とこのコインランドリーの看板猫「ミヤさん」との日々はこのようにして始まった。

「ミヤさーん」

 ミヤさんがなぜミヤさんというかというと「ミャー」と鳴くからミヤさんというらしい。そのことを教えてくれたのはこのコインランドリーを使い続けて五年目になる茂さんだった。

 茂さんは宮大工で日本中を飛び回っているそうだけれど、東京にいるときは必ずこのコインランドリーで仕事で書いた汗が良くしみ込んだ作業服を洗うのだそうだ。茂さんは綺麗な歯並びの歯を真っ白に光らせて僕に語った。

「こいつは俺がここに通い始めたときからいたんだ。ミャーってなくからミヤさんだって俺が名付けた。良い名前だろう」

 本当に良い名前だと、僕は頷いた。けれど、ミヤさんには違う名前もあるらしい。たまに会う主婦の泉さんには「ブンちゃん」と呼ばれているし、近くの女子大に通うケイコちゃんには「ミーちゃん」と呼ばれている。僕はコインランドリーに訪れるいろいろな人と会話しながら君を見つめて心の中で訊いてみる。

「君はだれなんだい?」

 あるとき僕の肩に乗った君を見て、女子大生のケイコちゃんが言った。

「ミーちゃんは本当に僕さんの肩が好きなんだねぇ、前まではわたしの膝にすぐ乗ってきたのに、僕さんがいるときはいつも僕さんの肩に乗ってる。なんだか妬いちゃうなぁ」

 肩に乗る君と目があって首を傾げてしまう。

「もー、やだ。ミーちゃんと僕さんまったく同じ仕草してる」

 また君と目が合って同じように小首を傾げてしまう。

 それからどれくらい経っただろうか。僕の洗濯機はすっかり調子を取り戻して、ギュインギュウインと唸っている。

 それからは君のことを今の今まで忘れていた。あれから僕も君の名前を考えて一度も呼ぶことはなかったけれど思いついたんだよ。

 りょうちゃん。

 

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