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『メジロマッチ』最終話

これまでのあらすじ:足の速いチビ町田とデブの間野、ガリ勉の根岸、影の薄い高井、そして十五年後にはフリーターとして出来の悪い人生を送っている私からなる、六年四組リレーメンバーは子供なりに練習した甲斐なく、他のクラスとの差を埋めれぬまま運動会本番を向かえた。
前回までのお話           


“ドン!”

 スタートの合図と共に、駆けだした五人の走者。
 間野は出だしから他の走者に離され、差はグイグイと広がった。
 観覧席からは声援に混じって笑い声が聞こえてきたが、私たちはもう、そんなこと気にならなかった。

 間野から根岸にバトンが渡った時には、前との差は目標より大きく、二十五メートルは離れていた。他のクラスはどこも、一番速い者が第一走者だったので、練習の時よりさらに差がついたのは仕方がないことだった。

「かんにんな、かんにんな」

 間野は泣き出しそうな顔でそう言いながら、バトンを渡した。

 根岸から高井に、そして高井から私にバトンが渡ったときには、すでにトップとの差は三十メートルもついていた。

 入場門での気合はどこへやら、この時には(やっぱダメだったか)と、半ば諦めていたが、私がバトンを受けとり、走り出した瞬間、トップを争っていた二人が、互いにゆずらず激しく競って、コーナーの出口で絡み合ってコケてしまった。
 おまけに、そのすぐ後ろを走っていた三位の走者まで、転んだ二人に乗り上げて転倒した。

 観覧席が“ああーッ!”と、どよめいた。

 残った一組の走者は、転んだ生徒を避けて、大外を周ったが、私はそうしなかった。
 ハードル跳びの要領で、転んだやつらを跳び越すと、前との差はもう、十メートルしかなかった。

 アンカーの町田が、

「太郎ちゃん! はやく! はやく! もっと、はやく!」

 と叫んでいた。待ちきれずに、ピョンピョン跳ねたり、腕を回したり落ち着きがない。

 町田にバトンを渡すと、彼は、「まかせろ!」と言い、そして、馬のように駆けていった。

 あの日と同じように天気が良かった。映画館の事務所で、私は堀田にスポーツ新聞を返し、支配人の方へ向き直ると、「給料をありったけ前借りさせてください」と申請し、「うちはそういうのやってない」と取り付く島なく断られた。堀田がなぜか嬉しそうに、「いくらか回してやろうか」とささやいた。

〈了〉

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