『紙の月』角田光代 (読書感想文)

めちゃくちゃ面白かった。
これは1億円横領という大事件を引き起こした1人の主婦の物語。
事件を起こした梨花は、控えめで真面目で正義感の強い女だったのだと、昔の知人は語る。
読者も事件を知った知人と同じように驚き、疑い、梨花について知りたいと思う。
その構成が見事だった。

2人で1万円にも満たない食事をして、幸せねと夫と笑い合う。
ピザの宅配を待つ間、華やいだ気持ちになる。
梨花は本当に普通の主婦だった。

日常の本当に微かな違和感が、いつしかどうしようもない閉塞感に変わる。
女性の内面描写が見事で、自分が梨花に共感してしまうことが恐ろしかった。

心の穴が埋まらない。
アイデンティティの確立とか自分探しとか、そんなはっきりとしたものではない漠然とした不安や空虚感。
そんなありふれた感覚がふとしたきっかけで影を落とし、日常が惓んでいく。
こんな大それた事件の背景に、狂気めいたものを感じないのが面白い。
ただ転がるように物語は進む。

見上げると、夜空にはナイフで切れ目を入れたような細い月。
それはまるで紙の月のようで象徴的だ。
ペーパームーンが掲げられるのは舞台上。
この世界は、梨花の理想の生活は、全て投げ打って得た繋がりは、ここで「梨花」を演じる自分自身は、如何に衣装で飾ろうと、どうしようもない紛い物。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?