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【イベントレポート】『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』公開前一般試写会

5/3(金・祝)の公開に先駆けて、『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』の公開前一般試写会が先日開催されました。来場者アンケートでは「ラビエのあきらめない強さと明るい性格が魅力的」「実話ということにビックリ。知ることが出来てよかった」「お母さんがとてもユニークでチャーミング!」といった感想が寄せられたほか、満足度95%、「本作を周りにオススメしたいですか?」の質問には90%の方が「はい」と回答するなど大好評の試写会となりました。

上映後トークイベントには、本作の字幕を手掛けられた字幕翻訳家の吉川美奈子さん、映画ライターの月永理絵さんが登場!本作の社会的な背景から、字幕翻訳の裏側まで、たくさんお話いただいた中の一部を特別にお届けします。映画鑑賞の手引きに、ぜひお読みください。

ドッケ弁護士と共にワシントンに乗り込んだミセス・クルナス…

月永理絵さん(以下、月永):この映画は、ムラートという当時ブレーメン在住だった青年が、突然タリバンの疑いをかけられ、グアンタナモの米軍基地収容所に収監された、という実際の事件をもとにしています。そしてこの映画のユニークさは、事件の悲痛さをしっかりと見つめながらも、被害者となった青年側からの視点ではなく、その家族の視点から描いていることにありますよね。そこで今日は、この映画の背景になっている政治的な事情や主人公の家族の状況について詳しくお聞きしたいのですが、まずこのクルナス一家というのはドイツに暮らしているけれど、もともとはトルコからの移民一家ということですよね?

吉川美奈子さん(以下、吉川):そうですね。今、ドイツには非常にたくさんの難民と移民が住んでいるというのは皆さんもご存じだとは思いますが、トルコ人が特に多いんです。シリア難民の人たちが逃れてきたのは2015年以降なんですが、トルコ人がドイツに来たのは1960年代。1945年に戦争が終わり、その後ドイツが経済的に奇跡的な復興を遂げたことで、働き手が足りなくなったんです。それで、二国間協定を色々な国と結び、労働者をお招きしたんですね。一番最初が1955年のイタリア、1960年にスペインとギリシャ、そして1961年にトルコと協定を結びました。そして、労働者としてドイツに来た人々を「ガスト・アルバイター」と呼んでいました。「ガスト」というのは英語でいう「ゲスト」、つまりお客様のことで、出稼ぎ労働者ではなく、ドイツが招いたからそう呼んでいたわけです。その時は、数年間だけ働いてもらう契約でした。ところが人手不足が深刻で、1973年の第一次オイルショックまでその状況が続きました。結局、仕事を覚えたトルコの人たちを、ドイツの企業もそのまま雇っていたいということになり、トルコから家族を呼び寄せたり、もしくはドイツで結婚し、家庭を築いていったのです。

劇中、ラビエさんが「私は43歳なのに」というシーンがありますが、そこから逆算すると彼女は1959年生まれ。ドイツがトルコと二国間協定を結んだのが1961年ですから、私の想像ではラビエさんのお父様がまずドイツに来て、その後、幼かったラビエさんが呼び寄せられてドイツに来たんじゃないかと思います。こういった場合、両親がトルコ語しか話せない家庭がとても多いです。映画を観て気づかれた方もいると思いますが、会話はトルコ語とドイツ語が混ざっていて、ドイツ語は文法的なミスが結構ありました。ラビエを演じたメルテム・カプタンさんは、ドイツで生まれ育っているので発音が流暢なのですが、あえて片言のドイツ語の演技をしていらっしゃいます。

月永:ラビエさんのような、トルコ語とドイツ語がちょっと混ざった話し方というのは、それこそ字幕翻訳が大変そうな気がするんですが、いかがだったでしょうか。

吉川:一番悩んだところです。例えば、助詞を抜くなど、片言の日本語の字幕にすると、お客様が観たときに誤植に思われてしまう可能性があります。ラビエさんの魅力は、言葉だけでなく、画面を通しても伝わってくるので、片言は最低限にして易しめの日本語にしたつもりです。とにかくこの作品はセリフが多いので、片言の字幕が続いてお客様が読むのに疲れてしまってもいけないなと思いました。

月永:本当にそのおかげというか、ラビエさんってインパクトがあるし、ところどころ笑ってしまうようなユーモアにあふれた方ですけれども、決して稚拙な人ではないというか、頭もよくて、それこそ途中で英語も覚え始めたりとか、色んなことを自分で考え、行動に移して話せる人だというキャラクターがよく分かります。そういう訳し方をされたというのはとてもぴったりだったと思います。

吉川:ただでさえ難しい専門用語や固有名詞もあるので、お客様がご覧になった時に私の字幕がストレスにならないように、ということを念頭に置いて考えました。

月永:ちなみに、ご覧になった皆さんも気になったかもしれませんが、私はラビエさんが口癖のように言う「マジで」という言葉がとても印象に残りました。ドイツ語でどういう意味なんでしょうか?

吉川:訳しにくい言葉で、「本当に」みたいな意味です。色々なシチュエーションでラビエさんが言うので、最大公約数的なところを取って、浮くことなく彼女の魅力を一番出せるんじゃないかと思って考えました。あと、字幕は字数との戦いなんです。「マジで」はたった3文字で、字数が少なくていいなという大人の事情もいろいろあって(笑)

月永:脚本家のライラ・シュティーラーさんとアンドレアス・ドレーゼン監督が、ラビエさんと初めてお会いした時も「マジで」という言葉が印象に残ったということをインタビューで話していました。

吉川:本当にご本人の口癖らしいですね。ドレーゼン監督のインタビューによると、本来バディー映画を作るつもりはなかったのに、2人に会ったらあまりにも凸凹カップルのようで、ずっと冗談を言い合っていたと。ドッケ弁護士は真面目な人なので、ラビエさんが一人で冗談を言っているらしいのですが、バディー映画に必須の”凸凹コンビ”というのをあえて作らなくても、この2人をそのまま出せばいい作品になるんじゃないか、とその時思ったそうですよ。

月永:この映画の魅力ってそこですよね。息子を一生懸命助けようとする母親の愛情の話であると同時に、ドッケ弁護士との“バディーもの”というか、友情が築かれていくさまが見ていてとても面白かったです。実際の2人がそういう感じだったんですね。

吉川:リンカーンの話を聞きながらあくびをしたり、次の車内のシーンでは思いっきり不機嫌になっていたり。人間って、疲れてくると不機嫌になりますよね(笑)。かと思えば面白そうなマーケットに行くとご機嫌モード。屈託なくて表裏がなくて、魅力的な人なんです。と同時に、ラビエさんと一緒にいると疲れそう……と、初めて本作を観た時にはそんな印象も抱きました(笑)

月永:しかもスピード狂のわりに毎回遅刻するっていう(笑)。面白いですよね。

吉川:そして珍しく早く来たら今度はドッケさんがぎっくり腰っていう。映画以上に映画っぽいなと思っちゃいました(笑)。

長男ムラートが解放されると聞き、駆けつけるクルナス一家だったが…

月永:凸凹コンビっぷりやラビエさんの一挙手一投足に笑いつつも、一方で、息子のムラートが5年間もの間どういう目にあってきたか、その痛ましさがだんだんと見えてきますよね。タイトルにもあるように、この映画はアメリカ政府との戦いであると同時に、ムラート解放のために動かなかった、実は妨害をしていたドイツ政府への批判的な視線というのも描かれています。これはやはりトルコからの移民の人たちに対する差別が背景にあるんでしょうか。

吉川:メディアが「ブレーメンのタリバン」とセンセーショナルに報道したために、世間の人々が、ムラートをタリバンやテロリストだろうと思ってしまった。そこにムラートを帰国させると国民に騒がれる。ドイツ政府はそれを一番恐れたそうです。当時は今と事情が違って、9.11の記憶も生々しく、イスラム原理主義に対する恐怖や偏見があって、政府としてはできるだけ触れたくなかったんだと思います。彼がドイツ国籍だったら話は違ったのかもしれませんが、敬虔なイスラム教信者だったので、本来のルーツであるトルコ国籍を持っていたかったんじゃないかと思います。しかし、それがマイナスに働いてしまった。

あれだけ長い間、無実なのに裁判も行われず弁護士もつけられず、グアンタナモに収監されていたというのはとてもひどいことです。監督としては、そのことに対して政府に責任を取るなりして欲しいという気持ちがあったのでしょう。ですが、責任の所在も明らかにならず、補償もされず、ムラートさんは奥さんとも離婚してしまった。ラビエさんは、心労がたたったのか重い病気を患ったと聞いています。だけどやはり何の補償もない。監督としてはそこを問題として突きつけたかったんじゃないかと思いました。この映画はドイツで評価されてたくさんの賞を受賞していますが、当時の政権、政治の責任者たちはどういう気持ちで本作を観たのだろうかと思います。

月永:ドレーゼン監督がこの映画に込めた政治批判と言いますか、社会的な視線というものをすごく強く感じます。監督の作品は、日本では2021年に『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』が劇場公開されましたが、それ以外の作品は映画祭を除いて、劇場公開されていません。吉川さんはドレーゼン監督をお好きで、しかも字幕を手掛けたのも本作が4本目ということで、ぜひ、監督の魅力についてお伺いできますか。

吉川:アンドレアス・ドレーゼン監督は、旧東ドイツの出身で今年で61歳です。ポツダムというベルリンに隣接した街に映画博物館があるんですが、そこで開催中の「ドレーゼン監督展」にちょうど2月に行ってきたんです。そこで展示を見たり、改めて過去の作品を振り返ってすごく感じたのが、作品ごとにテーマは変わっても、リアリティを追求するところと、過剰な演出をしない、つまりお涙頂戴にもっていかないところが共通していると思いました。本作でも、感動のシーンは割とさらっと描かれていますよね。
とにかく、俳優さんの演技がすごいです。リアルで、真実に迫る、人生に迫るということが共通していると感じます。今作でも、監督の怒りが根底にありつつも、それ以上にラビエさんとドッケさんに迫っている。監督としては、こんなひどい事件があったということを描きたいんじゃなくて、この2人を描きたかったんじゃないかなと思います。

『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』
5月3日(金・祝)より新宿武蔵野館シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
© 2022 Pandora Film Produktion GmbH, Iskremas Filmproduktion GmbH, Cinéma Defacto, Norddeutscher Rundfunk, Arte France Cinéma
配給:ザジフィルムズ
後援:ゲーテ・インスティトゥート東京
公式サイト: https://www.zaziefilms.com/kurnaz/


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