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横浜家系ラーメンと「家系最高」

はじめに

皆さんは、横浜家系というジャンルのラーメンをご存知だろうか。もともと長距離トラックの運転手であった吉村実氏が、1974年に開業させた「吉村家」を原点とする、濃厚豚骨醤油スープに中太麺を合わせたスタイルのラーメンである。強いパンチながらも奥深いコクによる中毒性、豊富な卓上調味料や麺の固さ、油の量、味の濃さを指定することによってラーメンを自分好みにカスタマイズできる自由度などが支持され、今や神奈川県を中心に一大勢力を広げるラーメンである。
現在、駅チカグルメとしても家系ラーメンは頭角を現しており、多くの駅の徒歩圏内に店を構えるケースも増えてきた。駅前通りや大通りに面した店舗では派手な看板に「横浜家系ラーメン」の文字が躍る。実に食欲をそそられる光景である。
しかし、それら駅チカの店舗群は、一般に「資本系」と呼ばれる、一般企業によるチェーン店のものが多数派であり、吉村家の流れを汲むものは少数派である。チェーン店で提供されるラーメンは、よくよく観察してみると様々な点において元の家系ラーメンとは異なるものであり、これらを同一のジャンルの食べ物とみるのはいささか疑問である。
もう一度問おう。

「横浜家系というジャンルのラーメンをご存知だろうか」

横浜家系ラーメンとは?

まず初めに、横浜家系ラーメンの概要を記述する。

家系ラーメンの一例
家系ラーメンの一例

家系ラーメンとは、「吉村家」にて提供される醤油とんこつラーメン、およびそれに類似したラーメンの一ジャンルとされているが、ここではもう少し詳細に、ラーメンを解剖してみることにする。
一般的には醤油ダレと濃厚な豚骨と鶏がらの出汁を併せ、鶏油(ちーゆ)を浮かべたスープに、短めの中太麺が基本とされる。麺はもともとうどんの製麺所であった酒井製麺のものを用いる店が多いが、これ以外に独自に麺を開発したり、もともと修業していた店の麺を用いる店もある。酒井製麺製の中華麺はもとうどんの製麺所なだけあって、もちもちとした独特の歯ごたえが心地よく、のどごしの良いものである。独自の麺を用いる店でも、これに倣ったコシの強めな麺がよく用いられる。
トッピングにはチャーシュー、ネギ、ホウレンソウと海苔三枚が用いられ、さらに味玉などを追加できる店も多い。なかでも筆者のイチオシはホウレンソウである。ゆでられたホウレンソウは着丼の時点で程よくスープを吸っている場合が多く、吸われたスープもろともくたくたになったそれを口に放り込む瞬間は快感そのものである。豚骨醤油のパンチ強めの味わいに対し、ホウレンソウの青臭さはむしろアクセントとしてその味に立体感をもたらすのである。この多幸感、脳に直接訴えかけてくる美味しさを語らずして、家系ラーメンの魅力を伝えることは不可能である。
スープには大量の豚骨、鶏がらが用いられる。巨大な寸胴鍋でぐつぐつと出汁をとっている様子は席からも確認ができる。たまに鍋をかき混ぜている姿も見られるが、とても重そうであり、実際にかなり大変な作業であると聞く。こうして丁寧に抽出された出汁を、醤油ダレと組み合わせるのだが、この組み合わせ方や出汁の取り方によって店それぞれの味わいが生まれる。醤油のキレを生かした塩辛さの生きるスープだったり、豚骨を生かすにしても骨を煮込みまくることでまろやかさを押し出したり、骨を大量に入れることで肉の旨味を押し出したりと、さまざまである。さらにここに入る鶏油が、ラーメンに香ばしさを付与する。醤油の塩味、豚骨のまろやかさ、鶏油の香ばしさ、これらで家系のスープは完成する。このスープは卓上調味料で味変をするのも楽しい。そのままでも美味しいのは当然のことではあるが、にんにく、豆板醤、しょうが、ゴマ、コショウなどなど、自分の好みによって自由に味を変えられるのである。

チェーン店のラーメン

次に、比較的見かける頻度の高い、チェーン店の家形ラーメンについて記述する。
所謂「資本系」なんて呼ばれるこれらのラーメンは、基本的には工場のセントラルキッチンで調理され、店では簡単な加熱等をするだけですぐに提供されるものである。

家系ラーメン…?

一応店の入り口や店内のポスターには「濃厚豚骨スープ」という記述こそあるのだが、店内に豚骨を煮込むことで生じる特有のにおいはない。まあ店では豚骨を煮込んでいないので当然といえば当然であるが。また、おすすめの食べ方やポエムのような煽り文句等が独特の字体で壁やカウンターなどに所狭しと書かれており、一種の喧騒を感じさせる店内となっていることが多い。
さて、肝心のラーメンであるが、トッピングの種類だけを見たらそれはスタンダートな家系をおおむね踏襲している。ウズラの卵が入る傾向は特徴的か。ただ、スープの色がかなり薄い場合が多いのでそこは不安だ。果たして醤油をどのように加工すればこのような黄色い色合いになるのだろうか……?
予想通りというかなんというか、この手のスープは口当たりがかなり軽く、豚骨のクリーミーポタージュとでもいったところか。このスープはブランドによってかなり当たりはずれが大きく、醤油の味がしない、パンチが物足りないなどと不満こそあれど、その店オリジナルのラーメンだと思って食べれば決して不味くはない、むしろ美味しいと感じるものもあれば、出来損ないのカップ麺みたいな味だったり、10円程度の棒状のあのスナック菓子を彷彿とさせるようなへんな後味の、あまり褒められるクオリティではないものまでさまざまである。(筆者は駄菓子等も好きではあるのだが、ラーメンを食べたくてラーメンを食べているとき、すなわち決して駄菓子を食べたい、というわけではないタイミングでその味に当たってしまうのはどうしても気分が落ち込んでしまうというものである。)
当たり外れが大きいといえば、麺もブランドによる差がかなり激しい。濃厚豚骨スープを受け止めきる本家の酒井製麺と遜色がないとまではいかなくても、すすり心地も歯ごたえもよい中太麺を出してくれるところもあれば、なんだかスカスカしていて知育菓子のような頼りなさを感じてしまうような代物まで、様々である。(後者のような麺を出してくる店は、概ねスープも前述のような駄菓子みたいな味のものであるため、それらも相まってますます駄菓子を食べているような感覚に陥ってしまってなおのことタチが悪い。)
それによくよく見てみれば、種類こそは網羅していたトッピングもチープさを感じてしまい、ここはどうしてもチェーンの限界を感じてしまうところである。工場や全国地区のチェーンを維持するのに莫大なお金がかかってしまうところを、なんとかラーメンを千円以内に抑えるための無理が祟っているのだろうか?チャーシューはなんだか薄っぺらくて肉の旨味を感じないし、筆者が大好きなはずのホウレンソウも、冷凍だからなのかなんだかパサパサしていてスープを吸い込まないため、青臭さだけが悪目立ちしてしまうことになる。これは本当にいただけない。
こんな調子のラーメンであるが、卓上調味料に安易に手を伸ばすのはおすすめできない。というのも、スープの力が弱すぎて、にんにくを少しでも入れようものなら香りがそれに負けてしまい、豚骨の香りがまるでしなくなってしまうのである。豆板醤や生姜に関しても同様である。曲がりなりにも「家系ラーメン」を看板に出している以上、客は家系のスープに浸った中華麺を食べに来ているのであって、豆板醤の味しかしない、にんにくの香りしかしないスープでラーメンを食べたがる人は少数派であるはずだ。(某シーバス釣りの人がラーメンに信じられない量のにんにくを入れて食べている様子がYouTubeに投稿されているが、あれだって大量のにんにくを受け止めきるスープの強さがあってこそ、美味しく食べられるものである。)こんな調子であるのに、店内のポスターには「味変で自分好みにカスタマイズ!」なんて書いてあるものだから、よほど自分たちの豚骨スープに自信がないのかと、冷ややかな感想を持たずにはいられない。
とまあ、ざっと書き記すだけでもここまでの差がある。これらを同一の食べ物とみなすことに、疑問を感じずにはいられないのは筆者だけではないはずであると信じたいところだ。

「家系最高」という売り文句

「家系最高」というフレーズに、見覚えはないだろうか。資本系の店に入ると、なぜか必ずと言っていいほど見かけるのである。先述のポエムっぽい煽り文句ともども、どういうわけか独特の毛筆体で、でっかく店の壁に書かれたり、店の前の立て看板に書かれていたりする。こんな感じだから、筆者は個人的に資本系の家系ラーメンを「家系最高系ラーメン」と呼んで区別している。
壁やカウンターに所狭しといろいろ書いてあるのは、どうも食欲を煽るためだけのものではなさそうである。それは店内を殺風景にしない工夫であろう。というのも、最高系ラーメンは店内でする作業といってもせいぜい工場のスープを加熱する程度で、そこまで手の込んだことはしていない。どうも、その簡単な作業を見られることに抵抗があるのか、はたまた店内で豚骨出汁をかき混ぜる姿を客に見せられないことに罪悪感があるのか、これらの店では席から厨房の様子はとても見られない。カウンター席にしても、目の前の仕切りの壁が背が高すぎて、客は正面を向いた際に壁と向き合うことになる。なにもない壁をみせるのもどうか、ということで、最高系の店内にはやたらとポスターが貼られている傾向にあるのだろう。
最高、というのは誰に向けられたメッセージなのだろうか。また、なにに対しての「最高」なのだろうか。なんだか飲み会帰りの大学生とかが3秒で考えそうな文句であるし、少なくとも本家の家系ラーメンをリスペクトしたものではないのは明らかであろう。もし少しでもリスペクトがあるならばもう少し味を似せられるはずだからである。
個人的に、技術も時間も必要なラーメンを資本の力に任せて上っ面だけで猿真似をしたうえで、あたかも自分たちがブームを引っ張っているかのような顔をされるのはかなり不快感がある。そのような店に限って、堂々と看板に「横浜家系」とか「家系最高」なんて文字を躍らせるんだから、正直たまったものじゃない。自社オリジナルの豚骨醤油ラーメンとして売り出せばいいものを、ネームバリューに頼らないと売り出せないと判断してしまったのだろうか。少なくとも「最高系」ラーメンは家系とは似て非なるものなのに、家系ラーメンの美味しい食べ方とか、家系のうんちくとか、そんな厚顔無恥な掲示物を貼りだせる自信はどこから湧いているのであろうか。

おわりに

改めて問おう。
「横浜家系というジャンルのラーメンをご存知だろうか」
今までに何となく入った資本系のチェーン店で家系ラーメンのような何かを食べて、家系ラーメンってこんな味なのか、と納得をしたり、こんなものかと高を括っていたりはしていないだろうか。本物を食べずに、ラーメンの一ジャンルの評価を下してしまうなんて、そんな悲しいことがあってよいものか。
今は資本系の店が幅を利かせてしまっていて、本物の家系にありつける機会は決して多くはないかもしれない。それでも、どうか皆さんには資本系だけで家系を評価したりせずに、外まで豚骨を煮込む香りがあふれてくるような店で、店内で汗を流しながら出汁をかき混ぜる威勢の良い店員さんを眺めながら、濃厚な豚骨のパンチ、醤油のキレのきいたスープともちもちの中太麺の調和を味わっていただき、本物の家系ラーメンの味に舌鼓を打っていただきたい。そうして、真に家系ラーメンの美味しさを語り合えるようになっていただければ、それを愛してやまない筆者としてこれ以上の喜びはない。

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