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『恋愛寫眞 COLLEGE OF OUR LIFE』 小池栄子の使い方は疑問。映画にはそれなりの覚悟が必要だ。

評価 ☆



あらすじ
大學生の誠人は、構内で静流と出会い、一目惚れ。静流は誠人に写真撮影を頼んで、学校内のモテ男に声を掛けるとそいつの顔面を殴りつけた。さらに誠人の腕を掴んでその場を逃げる。誠人が戸惑っていると、静流は「wonderを感じられたでしょ? 」といって微笑んだ。



山下達郎が「実はアルバム『GO AHEAD』は、自分のミュージシャンとしての人生は終わりを告げる、つまりこのアルバムが最後になるだろうと思って作ったもの」とラジオで言っていた。なるほど。“GO AHEAD”はお先にどうぞという意味だし、このアルバムの最後を飾る「2000トンの雨」の歌詞も意味深である。



夢破れてひとりだけ雨に打たれているという感じを受ける。僕はこの歌が大好きで良く聴いていた。孤独な青年の心の一部分、何かを求めようとしても手に入れないもどかしさがよく表現されていると思っていた。



この「2000トンの雨」を主題歌にした映画が『恋愛寫眞』だ。正式名称は『恋愛寫眞 COLLEGE OF OUR LIFE』。2003年公開。監督は堤幸彦。出演は広末涼子、松田龍平など。



僕は常々、映画にはある覚悟が必要だと思っている。それなりの覚悟のない映画はどんな美しいルックでも、過激な内容でもつまらない。『恋愛寫眞』にはオリジナリティを求める姿勢はあっても、その覚悟がまったく伝わってこなかった。



いろんな映画のスタイルを多用して、CGをいくら入れ込んでもいい、だけど覚悟を見せてほしかった。精神論になって申し訳ないけれど、小手先だけでテレビは撮影できても、面白い映画は撮影できない。



しかも「2000トンの雨」を主題歌として使っているんだからさ。山下達郎の魂がこもっているといってもいい曲を使うんだからさ。99人が「つまんない」と途中で席を立っても、残りの1人が涙を流しながら何度もリプレイするような映画であってほしかった。



堤監督は悩みながら作っているのはわかる。でも、どこにもたどり着いていないのも事実だ。物語だからカタルシスがあるのは当然だし、迷走の末に導き出されたものが、カタルシスを越えた“何か”であるべきはずだが、それがまったくない。



そんなことで、物語を作る意味なんてあるのか?



また、小池栄子の使い方もなんなのだろう? コメディかと思った。



追記



堤幸彦監督の作品をずっと観続けていると、日本映画の力の無さに悲しくなる。こんなんじゃ客は逃げる一方である。映画がビジネスなのはわかる。でも、長い目で見てみると、やっぱり質の良い映画がロングヒットとなり、何度も再発され、結果的に映画会社を潤わせている。やっつけ仕事で稼いでいた映画会社たちの生き残りはもう始まっている。世界規模的に。



初出 「西参道シネマブログ」 2005-12-29



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