今この瞬間の豊かさを感じる


前回のnoteに、食べること、掃除、洗濯、寝ることなど、日常生活のすべてが禅であるとされていることについて書きました。

行き詰まったときの誰でもできる対処法 >>

たとえば、あなたがお茶を飲んでいるときのことをイメージしてみてください。

カップが目の前にあります。
今見ると、お茶はほとんど残っていません。

お茶を飲んでいたときのことを覚えていますか?
どんな味や風味だったか覚えているでしょうか?
飲んでいるとき、どんな感覚でしたか?

もし、その後の仕事について考えながら飲んでいたら、お茶の味や風味などを覚えていないかもしれません。

いつものお茶だと思っていて、お茶の味を意識していなかったかもしれません。

たとえ同じ経験をしたとしても、そのときの意識によって、感じ方が異なりますね。

鈴木俊隆氏の『禅マインド ビギナーズ・マインド』には
「初心」、ビギナーズマインドとは、
ものごとをありのままに見ることのできる心」という一節があります。

「初心者のための禅入門」では、皆で自分の手を観てみました。

まず、ただ「手を観ましょう」といって、観ました。
次に「指の間を観ましょう」といって、観ました。

1回目と2回目で、観え方がどのように変わったでしょうか?

あなたも少し時間をとって、やってみてください。

参加した方からは、次のような感想が聞かれました。

「1回目は手のしわばかり観ていたが、2回目には全体が見えた。」
「2回目は一生懸命に観る感覚ではなかった」
「2回目は手の厚みがわかった」
「2回目は見ているうちに手が温かくなってきた」

指の間はただの空間。
意味がないものとも言えます。

ですが、その意味がないところを観ることによって、手が三次元に見えたり、温かさを感じられたりするようです。
「みる」と一言で言っても、色々な見方がありますね。

人やそのときによって感じ方に違いがあるのは、視覚だけではありません。
人間には色々な感覚がありますが、元々持っている感覚を十分に味わうことができている人は少ないのではないでしょうか。

たとえば、先ほどのお茶の例では、お茶を飲みながらその後の仕事について考えていた場合、今と未来という線の時間、つまり二次元の世界を過ごしていたのではないでしょうか。

その線には過去の人生があり、今があり、目標や結果などの未来につながっていきます。

あなたもきっとビジネスやスポーツで、この線を右肩上がりにしたいと日々努力されていると思います。

これに対して、お茶を飲んでいるその瞬間、「今この瞬間」を味わうこともできます。

「今この瞬間」は、線の中のある一点です。

過去や未来を意識せず、ただ、今を大事にするようにすると、豊かな今が立ち現れてきます。

ですが、普段私たちは忙しい生活を送っています。
やらなくてはならないことが色々あるので、目の前の課題以外には意識が向いていません。

これは、線の人生を生きている状態です。
過去の慣習や経験の延長線を生きているか、目標に向かって努力しています。

線の人生を生きていると、見えていない、感じていないことが多くあります。

私は以前、今この瞬間の豊かさをまったく感じていませんでした。
目標にむけて、まい進することこそが尊いと思っていたのです。
だから、やろうと決めたことには努力を惜しみませんでしたし、粘り強く一つ一つコツコツと乗り越えてきました。

しかし、前に前にと進むことばかり考えていると、かえって焦りや不安が大きくなってくるのです。

結果が出ればエネルギーが上がるけれども、結果がすぐに思うようにならなければ、焦りでいっぱいになる。
これを繰り返していました。

また、アイデアはすべて努力で生み出すものだと考えていました。

ところが、素晴らしいアイデアを生み出されているクリエーターに話をうかがうと、アイデアは直感だとおっしゃいました。

その方も以前は、才能だけでアイデアが出ると考えていたそうですが、仕事が忙しくなる中で、アイデアがまったく生まれないというスランプを経験されたそうです。

そこで、いかに自分が傲慢だったかということに気がつき、直感が湧き出ることにはじめて感謝したと。
そのため、今は直感が湧き出る心をいかに磨くかを大事にしているということでした。

私が「今この瞬間の豊かさは三次元」と感じていることをお伝えしたところ、この方もいつもイメージを三次元で捉えられているそうです。

一つ質問をします。
白い紙を目の前に置いてみてください。

何が見えますか?

ある禅の老師は、白い紙を見たときに
「雨が降っていますね」とおっしゃったそうです。

紙は木からできています。
木は森で育つ、森は雨で育つということでしょうか。

老師は、そのようにおっしゃった理由については、お話されなかったそうです。

禅では、「すべてのものは一つ」という基本的な考え方があります。
私とあなたは別々ではありません。
私たちは、あらゆるものに生かされています。

理屈は分かるかもしれません。
大事なのは、道徳的に頭で理解することではありません。

ありのままが見える目を持った人は、これが自然にわかるのです。
同じものを見たときにも、目によって見えるものがまったく違うのです。

残念ながら、私は白い紙しか見えませんでした。
そんな私にも見えるものがあります。

それは、人の心です。
私の場合は、人とお会いした時に、その人が抱えている苦しみや葛藤、未来への希望が浮かんでくるのです。

今この瞬間に、その人の人生が浮かび上がってくるのです。
まさに三次元の感覚です。
なので、私はコーチという仕事を通して、少しでも人のお役に立てるのかもしれません。

ただ、セッションの直前にご飯を食べすぎていたり、クライアントとの契約のことが気になっていたりすると、その目は曇ります。
クライアントが見えなくなるのです。

私の場合は、先がわからないという不安な気持ちがあるくらいが丁度よいことも分かってきました。

「今日のセッションで何かお役に立てるだろうか。」
「どんな話が出るのだろうか。」
という気持ちがあるくらいの方が、初心にかえり、ゼロベースで話が聴けるのだと思います。

その時間に心を打ち込むことで、直感が研ぎ澄まされてきます。

逆に「分かった」という気持ちを持っているときが危険です。
「クライアントのことが分かった。」
「クライアントへのアドバイスが分かった。」
と思ってセッションに臨んだときには、ほとんどの場合、うまくいきません。

ある医師は、患者さんの顔を見ることを大事にされています。
その人の病がどんな状況か、表情が教えてくれるというのです。

そのため、脈をとったり聴診器を当てたりするより、患者さんの顔を見ることに集中するということでした。

もちろん、確認したり、理由をつけたりするために検査などをしますが、一番大事にしているのは直感だそうです。

日によって、すごく見える日と見えない日があって、自分の心を整えることを大切にされているとおっしゃっていました。

人によって場面は異なりますが、どれも「三次元の豊かな今」です。

本来、人は、三次元で感じられる感性を持っているのです。
このnoteを読んでくださっている方の中にも、このような経験をお持ちの方が大勢いらっしゃると思います。

もし最近、見えていない、感じられていないとしたら、それは目や感覚が何らかの理由で濁ってしまっているのでしょう。

先入観や雑念を持っていたり、過去や未来を気にしたりして、「今この瞬間」を味わうことを忘れてしまっていると、すぐに私たちの目や感覚が泥やちりで覆われてしまいます。

だから、あなたの原点や初心に戻って、ありのままが見える目を取り戻しましょう。

今この瞬間が豊かになってくると、様々な気づきが自然に湧いてくるようになります。

人と会うとき、ご飯を食べるとき、歩いているとき。
ただ、今この瞬間を感じてみる。

なかなか難しいですよね。
でも、ここまで読んでくださった方でしたら、できます。

あなたの心が「今この瞬間」に向いているからです。

ただ、その心惹かれるものに従って、行動してみましょう。
新たな地平が開けるかもしれませんよ。

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赤野公昭

禅 × ビジネス

このマガジン「禅×ビジネス」では、20年になる禅の修行の経験を踏まえて、禅とビジネスに関する学びについて、つづっていきます。10,000時間以上のメンタルトレーニングやコーチングの経験から、「禅」と欧米の最新メンタルトレーニング理論を融合させた「禅×コーチングメソッド」を開...
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