本質を探す旅 アメリカ坐禅会inロサンゼルス

40歳になって、はじめてアメリカに行くようになりました。

最初は、メンタルトレーニングの本場、アメリカで最新のメソッドを吸収するため。

そして、6年前からは禅と心理学を融合させた「禅×メンタルトレーニング」をアメリカに広めるべく挑戦を続けています。

当初考えていた目標とか、ビジネスの展開からはどんどん遠ざかるお寒い状態(笑)なのですが、おかげさまでいろいろなご縁が生まれてきました。
今では、ご縁の深まりを楽しみに3ヶ月に一度、訪問しています。

これまでのアメリカ挑戦の模様はこちらから
https://www.zen-mental.com/akanokimiaki/#usa

1月のアメリカ訪問では、ロサンゼルスにある禅宗寺の
小島秀明ご住職と一緒にセミナーを開催することが出来ました。

小島先生からは坐禅のご指導をいただき、参加者からも、
「不安だったが、実際にやってみたらすごく安心できた」
「分かりやすくて、さらに禅に興味が湧いてきた」と好評でした。

私も坐禅指導を受けて、我流になっていたところに気づかされ、
あらためて初心に戻ることが出来たように思います。

坐禅においては、「何を学ぶか」も魅力ですが、
「誰に学ぶか」ということが実は大きな要素だと思います。
おかげさまで、素晴らしい先生に恵まれています。

小島先生は、佐賀県の曹洞宗のお寺に生まれ、
若くしてアメリカに渡られました。
今はアメリカでもっとも古い歴史を持つ禅宗寺のご住職として、
長年活動されています。

アメリカでお寺を維持するのは並大抵の努力ではないと思います。
布教活動や寄付金を集めるために年中さまざまなイベントを
開催されていますが、いつも笑顔で誰よりも働き、
偉そうな態度は一切ありません。

求められない限り、ご自身から何かを語られることもありません。

まさに生き方が禅。

そんな先生の人柄に惹かれ、渡米するたびに、
先生の坐禅会に参加するようになりました。

今ではアメリカに行っている目的の一つが先生にお会いすることです。
先生からいろいろなことを学ばせていただく中で、
もっと多くの人に先生の教えを知って欲しいと思っていました。

今回、先生とのコラボセミナーが実現したことは本当に嬉しかったです。

先生の坐禅指導の模様については、国際禅メンタルトレーニング協会の
ホームページに動画をアップしています。

1月の坐禅指導の様子はこちら
https://www.youtube.com/channel/UCWCNn-MFuQdmk9JmzWVbugQ

先生と食事に行った際には、疑問に思っていることや、
私自身の課題や悩みをいろいろ相談します。

先日のテーマは、「すごい」ことを求めている自分について。

あの人はすごいと思う自分。
すごいことをやりたい、すごいと言われたい自分。

すごいことを求めはじめると、すごくない自分が見えてきます。
すごいこととは、自分にないものを見ているのかもしれません。
だから、すごいというキーワードはあこがれでもあり、
苦しみでもあります。

「すごい」「すごくない」という狭間に立つと、
優越感と劣等感で心が揺れ動く時もあります。
なんで、そんなに「すごい」ことに囚われてしまうのか。

そんな私の話をしていると、先生から
「赤野さんは本質を求めているのではないですか?」と
問われました。

「本質」というのは、ずっと心にあるキーワードかもしれません。
もちろん、本質が何かは分かってはいません。

ただ物事を見る時に一面的に見ることや、
表面的なことにはあまり興味がありません。
真逆にあるもの、奥にあるものが知りたいのです。

子供の頃から、以下のようなことをずっと考えていました。

なぜ人は人を傷つけるのか。
見えるものだけではなく、見えていないものは何か。
心は自然に偏るもの。バランスをいかにとるか。

固定概念という安全な枠を求める心がある反面、枠の不自由さも感じる。
自由は魅力だが、飛び出る怖さもある。
自由と不自由とは。

ジャッジをされるのが嫌なのに、誰かをジャッジしているという矛盾。
期待があるから裏切られる。でも、期待がない人生は虚しい。
欲とは何か?大欲があると小欲は我慢できる。
断絶とつながり。
捨てることと得ること。

こうやって書き出してみると、すべては、
何か一つで存在しているのではなく、くるくると回り続けています。
相関性の中で、絶えず変わっています。

私にとっては本質とはプロセスであり、
人生を通して本質を探す旅をしているのだと思います。
あらためて先生と話していて、気づかされました。

私にとって、本質とは借りてきた知識ではありません。
本質を探すことは、自分の中にあるものとの出会い。

日本での禅の師匠である藤田一照老師からも
「禅は知識ではない。知識を学ぶことは否定しないが、
体験がすべてだということを忘れてはいけない」と
よく釘をさされます。

しかし、アメリカでの体験は正直かなり痛いことが多いです。
何しろ、誰一人私の話を聞きたいという人はいないところからの
スタートでしたから。

こんなに痛いのに、なぜ続けているのかよく分からなくなります(笑)
一方で、本質を探す旅の中で、素敵な出会いがあります。
こうした出会いの中で、少しずつ私自身が磨かれていくのを感じます。

まるで、角張った石が、川に流され転がりながら、円くなっていくように。

そんな中、去年、「ゼロの対話」が生まれました。
禅とダイアログを融合させたご縁から生まれる対話。
私たちが本来的に持っている言葉に目覚めようという活動で、
日本とアメリカで少しずつ展開をはじめました。

「つながり」と「言葉」への探求は私のライフワークとなっています。

外の世界がどんなに変わっても、
そのときもただ本質を探し続けているのでしょう。
そして、怖さでいっぱいになりながら
新たな体験をしつづけているでしょう。

同じ自分はいません。絶えず変わり続けています。
同時に、それは変わらないために変わり続けていくともいえます。

それにしても自分で自分のことはなかなか分からない。
誰かに見てもらうことが大切ですね。
だから、師匠が必要なのだと思います。

さて、4月も10日からアメリカに行ってきます。
今回もロサンゼルスでの坐禅会を開催する予定です。
また、報告させていただきますね。

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赤野公昭

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