猛吹雪の死闘

その映画はファーストシーンから、ダイナミックな雪山の雪崩の模様から始まる。

その雪崩に巻き込まれたのが、宇津井健と三原葉子であり、宇津井の婚約者であった三原葉子は、そのまま帰らぬ人となった。

それからどれくらいの月日が経ったのだろう。
宇津井は山形県で山岳ガイドをしていた。スキー客たちは面白半分な感じで、難所である屏風峠に連れて行けと、小屋を管理している爺さんに頼むが、爺さんがそれを拒むとスキー客たちはすねた。

爺さんは雪山の中を屏風峠まで案内できるのは、宇津井しかいないと言う。

爺さんには千春という名の孫がいた。千春は宇津井のことを、スキー客たちに誇らしげに語り始めた。その小屋の片隅で、その話にじっと聞き入っている男三人に女一人の、やはりスキー客と思しき一団がいた。

宇津井と千春が、宇津井が観測所にしている山小屋に向かって出発すると、その一団も後から強引についてきた。

「ダメじゃないか。君たち。山の上はもっと寒いんだ。そんな軽装じゃとても耐えられないぞ」
「俺たちを屏風峠まで連れていってくれないか」
「何を言っているんだ。これから屏風峠まで行くなんて、遭難しに行くようなもんだぞ」
「じゃあよう。あんたの山小屋まで連れていってくれ。それならいいだろ」
「よし。分かった。山小屋までだぞ」

その一団の中に確かに若き日の菅原文太がいたことは、紛れもない事実なのであった。

ヘロヘロになりながらも一団は、宇津井と千春に案内されて、なんとか山小屋までやってきた。その山小屋はロッジと言った趣で、単なる山小屋と言うよりも、宇津井の男の隠れ家と言った感じであった。

宇津井はその一団の中の女を見た時から、動揺を隠せないでいた。
その女はあの雪崩で死んだフィアンセである三原葉子に瓜二つだったからだ。

夜になると暖炉に火をくべ、宇津井はランプに灯りを灯した。
そして、書斎のようなスペースに行くと、フィアンセの写真を見ていた。そこに三原葉子がやってくる。

「なんの写真をご覧になっていますの」
「い、いや。なんでもないんですよ。山の写真でも見ますか」

そこへ文太が近づいてくる。

「お二人さん。お似合いですな。そうしていると夫婦みたいですよ。粕谷さん(宇津井の役名)、僕の酒を飲んでくれますか」
「僕は酒はダメなんですよ」
「まあ。そんな硬いこと言わないで。一杯いいじゃないですか」
「僕は本当に酒はダメなんですよ」
「昭子さん(三原葉子の役名)。あなたは僕の酒を受け取ってくれますよね」
「いや。今夜はお酒を飲めるような気分じゃないの」
「こりゃ。みんなに嫌われたようだな」

そう言うと文太は机の上に置いてあったトランジスタラジオを手に取って、そのスイッチを入れた。そこからは小粋なジャズが流れてくる。

三原葉子は宇津井に近づき言った。

「踊りましょう」
「僕、踊りは苦手なんですよ」
「踊りなんて、リズムに合わせて歩いていればいいのよ」

やけに文太を避ける三原葉子は、その代わりに宇津井には急接近するのであった。
そんな感じで夜は更けて行った。

次の朝。
宇津井が百葉箱を観察していると、千春が急いでかけてきた。

「粕谷さん。大変だよう。下の男たちが、あのお姉ちゃんがいないって大騒ぎしているだよう」

宇津井が山小屋に戻ると、文太を含む男三人たちが言い争いをしていた。

文太の弟分のような男が声を荒らげて言う。

「だから。俺は最初から気乗りはしなかったのよ。それを兄貴が女を連れていたほうが、人目につきにくいなんて言ってよ。あの女を巻き込んでよ」
「あの女が戻ったら、始末は俺にやらせてくれ。あの女、石を全部持ってずらかりやがったんだ。許しちゃおけねえ」

と文太。

年配の男が言う。

「まあ。落ち着けや。今、あの女に下山されちゃあ困るんだ。そこでガイドさんよ。これから行って、あの女を連れ戻してくれやしないか」
「なんで。なんのために。そんな」
「理由なんてどうでもいいんだよ。とにかくてめえは、あの女を連れ戻してこい。そうじゃないとこの娘はひどい目をみるぜ」

千春に拳銃を突きつけながら文太が吠えた。

宇津井は千春に必ず戻ってくるということを約束して、三原葉子を探しに山を下って行った。

三原葉子のスキーの腕は大したものではなかった。直滑降を決めたものの。そのまま雪の塊の中に突っ込み、意識を無くしてしまった。

後からやってきた宇津井が、雪の中で気絶している三原葉子を発見した。

「君!君!しっかりしろ!」

それでも意識を取り戻さない三原葉子を、宇津井は途中にある山小屋まで運んで行った。

カメラがピンボケをしているのか。画面には三原葉子を運んでくる宇津井が映っているのだが、その模様がぼんやりしていて見えづらい。
次の瞬間、そのぼんやりしている画面が横にガラッと開き、宇津井たちの姿が鮮明に見えた。

それはガラス越しに宇津井たちの姿を捉えていたのだ。この時、非常にうまいと思った。
監督は石井輝男。映像の魔術師である。

この『猛吹雪の死闘』は新東宝時代の作品であるから、石井輝男にとっては初期の作品となるが、先に記した窓ガラスが開く演出や、山小屋の夜にて窓ガラスに三原葉子の姿が映り込む演出など、随所にその後の石井輝男の才能の片鱗をうかがわせる箇所がいくつもある。

さらに雪山を舞台にしたこの作品。銀世界を描いているのだが、その中でのスキーのシーンや、アクションシーンは素晴らしいものがある。

石井輝男ならではのカット割を細かくして、映像の繋がりにテンポを持たせるような独特の映像文法とでも言うべきものが、はやくも随所に見られる。

この時期の新東宝は大蔵貢社長によるワンマン体制が敷かれていた。
社長である大蔵貢は、新東宝をエログロセクシー路線を全面に押し出すことによって、特化させるという大胆すぎる戦略に出ていた。

その中で生み出されたお化け映画、狸映画、狐映画、海女映画は現在でも邦画界の珍品として語り草になっているのだが、大蔵貢はワンマンである為、作品の脚本にまでも口出しをしてきたと言う。

そんな中、脚本も書ける石井輝男は、わざと活弁士上がりの大蔵貢の頭脳では理解出来ないアクション作品にもサスペンスやウィットの要素を取り込んだ独特の作品を作ることによって、大蔵貢には口出しできない環境を作っていたと、インタビューにおいて語っていた。

その後、石井輝男は新東宝倒産後から東映へと移り、高倉健主演によるギャングアクションを撮り始めた。そして、高倉健を一躍スターダムに押し上げた「網走番外地」シリーズを手がれるようになる。

「網走番外地」もまた特異な作品群である。
単に任侠映画と目される感もあるが、その実作品を見てみると、任侠映画とアクションを融合させた稀有な作品であるということも言える。

その後、石井輝男は69年をピークとする「異常性愛路線」を持って、世の中の常識、良識をことごとく粉砕し、その中にも爆笑をぶち込むという前人未踏の地平を切り開いた。そのことから現在、石井輝男は「キング・オブ・カルト」、「日本映画の裏天皇」と評価されている。

しかしである。「異常性愛路線」だけをもって、石井輝男を語ることは、石井輝男の一部分を見ているだけに過ぎやしまいか。
先にも記したように、石井輝男は新東宝時代、東映でのギャング映画、また「網走番外地」と秀作、傑作を残している。
それらの作品群を見てみれば、石井輝男がいかに映画の基礎、基本と言える部分を押さえていた名監督だったということが分かるだろう。

山小屋で三原葉子が意識を取り戻した時、全裸で寝袋にくるまっていた状態だった。そのことに気づいた三原葉子は、

「まあ。あなたって言う人は」

と宇津井健に向かって言った。

「ふざけている場合じゃないんだ。もう少しで君は凍死するところだったんだぞ。さあ。この服を着るんだ」

そう言うと宇津井健は、自分の着ていたジャンパーを三原葉子に向かって投げた。そして彼は彼女にこう問うた。

「一体全体。あの男たちは何者なんだい。なんで君は一人で下山しようとしたんだい」

ここから三原葉子の回想シーンが始まる。
黒煙を上げながら邁進してくる機関車。その中の席に三原葉子は一人、座っていた。なんでも三原葉子は銀座のホステスで、得意先のなんとかと言う人間を接待するために汽車に乗り、目的地まで向かっていたと言う。

その同じ車両に菅原文太をはじめとする件の三人の男たちも乗り合わせていた。男たちはスーツにコートを着て、ハットを被った昔風に言うならギャング風な男たちであった。

三原葉子は新聞を広げて読んでいた。そこには三人組の男たちが宝石強盗を働いたという大きな見出しの記事が載っていた。三原葉子は件の三人組の方に目をやり、訝しげに見つめていた。

すると菅原文太が近づいてきて、

「お嬢さん。その新聞を読ませてもらえませんか」

と言い。また残りの二人が座っている席に戻って行った。三人は新聞の記事を見ながら、何やら密かに言葉を交わしているようだったが、最後にはその新聞をぐしゃぐしゃにして捨てた。

そして三人は三原葉子に近づいてきて、

「お嬢さん。あんた。どうも、俺たちのことを気づいちまったみたいだな。かわいそうだが、一緒にきてもらうぜ」

と言い。三原葉子を拉致することとなった。

文太一行は三原葉子を連れたままスキー客になりすませば、正体が分からないだろうと言うことで、宇津井健のいるスキー場にやってきたのだ。
そして、屏風峠を超えて宮城県に入れば、警察の追跡をかわせると目論み、宇津井と千春の後を強引についてきたという訳だったのだ。

三原葉子は一人、文太たちの目を盗んで下山することによって、強盗犯が山中にいることを麓の人間に知らせるつもりでいた。

「僕と一緒に山小屋に戻ってくれませんか」
「まあ。どうして」
「あの千春という娘が人質に取られているんです。あなたの安全は保障しますから」

そう宇津井に言われて、三原葉子は山小屋に戻る気になったが、宇津井はある仕掛けをした。スキー板に、「宝石強盗犯 山小屋にいる 至急助けを求める 粕谷」と書き記し、それを麓に向かって流したのであった。

宇津井は三原葉子を連れて、山小屋に戻った。そこには文太をはじめとする三人の男たちが外で出迎えていた。

「おい。アマ。始末をつけてやるから、こっちへこいよ」

文太は三原葉子に拳銃を突きつけながら、山小屋の裏へ行けと促した。

「おい。待てよ。お前、何か置き忘れてやしねえか。修(子分のような男を仮にこう呼ぶことにしよう)、奴の懐に手を突っ込んでみな」

親父と呼ばれている年配の男は、山小屋にあったライフルを文太に突きつけ修にそう命令した。修が文太のポケットに手を入れると、そこには巾着袋が入っていて、その中に宝石が入っているのであった。

「こいつはこの女に罪をなすりつけて、殺した挙句に石を全部かっさらってトンズラかまそうとしたのよ。女をバラしちまえば、死人に口無しだからな」

「ちっくしょう!裏切りやがったんだな!独り占めしようとするとは汚ねえぜ!」
修はそう言いながら文太を殴りつけはじめた。
「親父!こいつだけは許せねえ!いっそのことやっちまおうぜ!」

「分かった!すまなかった!石は全部、お前たちに渡す!だから命だけは助けてくれ!殺さないでくれ!」

と、やけに潮らしい文太なのであった。

次の日の早朝、宇津井は山小屋で飼っている伝書鳩に、救援のメッセージをくくりつけ空に飛ばした。だが次の瞬間に鳩は撃ち落とされた。

「ぐっふふ。俺の射撃の腕もまんざらじゃねえだろ」

親父がライフルを持ちながらそう言った。

「なんだい!何があったんだい!今のライフルの音は!」
「馬鹿野郎!寝ずの番をしていろと言ったろ!この野郎、伝書鳩を飛ばして助けを呼ぶなんて洒落た真似をしようとしやがったのよ。それより伝書鳩は三羽いるって言っていたよな。今、籠の中に入っているのは一羽だ。もう一羽はどうしたんだ!」

親父はライフルを突きつけながら宇津井に迫る。

「オラだ!オラだよう!粕谷さんが13日の新聞がないからって言うんで、そのことを書いて鳩を麓に飛ばしただ」
「そういうことは、そのうちに誰かが新聞を届けにここまで登ってくるな」

千春の爺さんは伝書鳩に括られていた文章を読み、マタギのおっさんに新聞を山小屋まで届けてくれるように頼んだ。

山小屋で見張りをしていた修は、

「おい!猟師みたいなのが上がってくるぜ!」

と一堂に言い放った。

「おい。娘。お前が応対するんだ。下手な真似はするんじゃねえぜ」

そう言ったのは親父。宝石強盗の男たちは、ロフトのような場所に身を隠し、そこから様子をうかがう。

「おーう。寒いなあ。千春ちゃん。元気かあ。13日の新聞持ってきたぞお」
「ありがとう。麓はなにも変わったことはねえかい」
「あっ?」
「麓はなにも変わったことはねえのかい!」
「えっ?」

マタギは耳が遠かった。男たちはロフトから拳銃を構えている。

「粕谷さん。くる途中でこんなものが落ちていたんだ」

そう言ってマタギが取り出したものは、紛れもなく宇津井が流したはずのスキー板だった。宇津井と三原葉子の表情が強張る。

「なんかあ。遭難した者でも出たんじゃないかと思ってなあ」
「そんなんじゃないんだ。大丈夫なんだ」
「そうけ。なら、オラも忙しいからよ。そろそろ行くでな」

そう言うマタギに向かって千春が、新聞の強盗犯の記事を大きく指差す。

「えあっ?」

さらに千春は記事を指差す。表情が固まる宇津井と三原葉子であるが、千春が立っている箇所の上がロフトになっているため、男たちからは千春がなにをしているのかは分からない。

「ああ。強盗のことだべな。やっぱし都会は物騒だもんな。けんど、こんな田舎の山奥には関係ねえこったで。じゃあ。オラ行くからな」

そう言うとマタギは、そのまま下山して行った。

「下手な小細工なんかしたんじゃねえだろうな」

と親父、

「なにも小細工なんかしてやしない。それよりこれからどうしようって言うんだ」
「屏風峠まで案内してもらおうか」
「こんな軽装では屏風峠までなんか行けやしない」
「あそこを抜ければ、宮城側に降りられる。そうすりゃサツも追ってや来られないだろう。スキー板も持って行くか。何かの役に立つかも知れねえしな」

そう言うと親父は宇津井が持っていた例のスキー板を取り上げて眺めはじめた。

「峠まで行くのにスキーなんて必要ない。かえって荷物になるだけだ」

スキー板には雪が付着していて、宇津井が書いた救援のメッセージは読めない。しかし、親父がスキー板を床に放り投げると、雪が取れて、そこに書いてあるメッセージがあらわになった。

「なるほど。そう言う仕組みだったのか。味なことをしてくれるじゃねえか」
「この野郎!しゃらくせえ真似しやがって!親父、この野郎に焼を入れてやりましょうぜ!」

そう言ったのは文太だったか修だったかは忘れた。しかし宇津井は二人の男からボコボコにされたのであった。

その混乱の隙をついて千春は発煙筒を焚き、山小屋を出て行った。

「野郎!」

雪の斜面を駆け下りて行く千春をライフルで狙う修。

「やめておけ」
「でも親父」
「これから屏風峠に向かって出発するんだ。そうすりゃ下から追ってきたって追いつけやしない」

男たちは強引に宇津井に屏風峠まで案内するように迫った。しかし実際に登りはじめてみると、そのルートは予想以上に厳しいものだった。次第に取り残されて行く三原葉子と親父。

その様子を上から文太が眺めていた。親父が文太のいる地点まで登ってきた時、文太が言った。

「親父。あんたにゃあこの山は無理だ。石を全部、渡すんだな」
「なにおう!この野郎!」

二人は格闘を始めたが、ふとしたことで親父はクレパスに足を滑らせた。必死にクレパスの淵にしがみつく親父。

「親父よう。助けて欲しいか」

うなづく親父。

「そうか。それなら。石を全部渡すんだな」

文太はそう言うと、親父の着ているヤッケのポケットに手を入れ、宝石が入っている巾着袋を取り出し、そのまま親父をクレパスに蹴落とした。

その一部始終を三原葉子は、下から目撃していた。

このダーティーな文太がいい。
菅原文太は苦労人である。新東宝からハンサムタワーズの一員として売り出したものの、その新東宝も61年には倒産。松竹に移籍したものの、鳴かず飛ばずの毎日が続く。そんな中同じく松竹にいた元安藤組組長、安藤昇の営むバーにて毎晩くすぶる夜がいく日あっただろうか。

その安藤に誘われる形で一緒に東映に移籍したが、そこでもスターに躍り出ることはできず、梅宮辰夫主演にして、山城新伍がどこまでもアチャラけたC調ナンセンスギャグを繰り広げる「不良番長」に出演しても、客演に甘んじていた。

73年。菅原文太はすでに40代に入っていた。
東映が半ばヤケクソになって製作したのが『仁義なき戦い』だった。だがこの作品が異例の大ヒットとなり、菅原文太は時の人になった。そこからの文太の快進撃は、ここに書くまでもないことだろう。

だから新東宝時代における文太出演作を見ることは、かなり菅原文太史を語る上で重要なことに思える。
この『猛吹雪の死闘』でも主演は宇津井健であり、文太は悪役に回っているのであるが、この作品を見ることによって、初期の段階から文太はダーティーさを見せていたことが分かった。

麓に千春がたどり着いたことによって、スキー場では警察、青年団を中心とする追跡班が結成され、文太たち宝石強盗犯を捕まえるため、屏風峠目指して登山を開始した。

何気なく修は言った。

「さっきから親父の姿が見えねえな」

ダンマリを決め込んでいる文太。

「わたし!見たのよ!この人が宝石を奪って、クレパスに突き落とすのを!」

そう三原葉子は叫んだ。

「てめえ!親父をやりやがったのか!」
「そうよ。あんな老いぼれが、この山を越せる訳がねえだろ。だったら、この俺が石をもらってやったほうが、有効ってもんじゃねえか」
「兄貴とここで落とし前をつけてやるぜ!」

取っ組み合いを始める二人。だがそこにガスが漂い始める。

「まずい。ガスが出始めた。はやく上に登るんだ」
「うるせえ!てめえは黙っていろ!」
「いい加減にしろ!このままじゃ全員遭難するぞ!」

そう宇津井に叱責されてやむなく文太と修、そして三原葉子はより上を目指すことになった。

そして難所である屏風峠についにたどり着いたが、そこは岩場を直登しなければならない危険を伴う場所であった。

まず最初にザイルを持って宇津井が岩場の頂上に立ち、ザイルを岩場に固定した。そのザイルにつかまって、修、三原順子の順で岩場を登って行き、最後に文太が登って行ったが、修がそのザイルを切ろうとした。

「やめろ!なにをするんだ!」

宇津井がそれを制止した。

無事に全員が屏風峠を越え、また歩き始めたのだが、三原葉子は宇津井に聞いた。

「どうしてさっきは止めたんですの。あんな男、落っこちてしまえば良かったんですわ」
「山の男として、それはできないんです。一度預かったザイルを切ることはできないんです」
「まあ。わたしったら恐ろしいことを考えていましたわ」

なんて言っていたのだが、そこから天候は悪化し、吹雪が吹き始めた。

「はやく!穴を掘るんだ!ビバークしないと全員凍死するぞ!」

今度も全員は宇津井に促されるままに、雪中に穴を掘り、そこで肩を寄せ合うことになった。
だがいさかいを起こした文太と修は、肩を寄せ合おうとしない。

「なにをしているんだ!そんなことをしていると二人とも凍死するぞ!」

そう言う宇津井は三原葉子と体を密着させていた。

「ちぇっ。死ぬのは嫌だからよう。肩をくっつけるとするかよ」

と修。

「そう言うなよ。網走以来の兄弟じゃねえかよ。下山するまでの道行と行こうぜ」

そう答える文太。
ここですでに「網走」というワードが出ていることは注目に値するだろう。さらにこの作品は白銀の世界を舞台にしている。この作品の何かが、「網走番外地」に繋がったと考えても不自然ではないだろう。

一晩経つと吹雪は収まった。

「おう。あと宮城まではどれくらいなんでえ」

拳銃を突きつけながら、文太が宇津井を詰問する。

「ここまでくれば、あとは下山ルートを辿って行くだけだ」
「そうかい。それじゃあ。お前はもう用無しって言う訳だ。ここで死んでもらうぜ」
「兄貴よ。それは俺のセリフだぜ。親父から兄貴がかすめた石をいただいて、俺が独り占めするっていう寸法よ」
「しゃらくせえ!」

再び文太と修の格闘が始まった。
だがこの雪上でのアクションシーンは秀逸である。取っ組み合いながら、雪上を滑り落ちて行く二人を、手持ちカメラで追っているので非常に臨場感を感じる。

その頃には麓からの追跡班も現場に到着するようになった。

「おい!やめろ!そっちは崖だぞ!」

その宇津井の声は興奮している二人には聞こえなかったのか、二人はそのまま崖から落ちて行った。だが落ちた箇所が雪上であったため、死ぬことはなく、怪我をおっただけで警察が用意した担架に乗せられて護送されて行った。

遠くからやってくる千春。

「粕谷さーん!お姉ちゃーん!」

その声に手を振る宇津井と三原葉子の姿がラストカットであった。

やはり石井輝男の映画は面白い。そう思わせるものが随所にあった。初期の習作と言えば、そうなのかも知れないが、習作にしてこれだけのクオリティーの作品を生み出せる人も、そうざらにいるものではない。

石井輝男の作品を、まだ「異常性愛路線」しか見たことがない、そんな人にこそ見て欲しい作品である。


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