娘が寝込んだ　ここの所あちこちいろいろと忙し
くしていたから疲れが出たのだろう　風邪の症状
が出ていてもしやあの疫病では　などと思っても
怖くてどうにもできない　味覚異常もないようだし
咳もしていないので何年かぶりに風邪を引いた
だけだろうと見ている娘の横で三時間ちかく昼寝
してしまった　娘は高校三年間皆勤だったので
具合の悪そうなところを見るのは本当に久しぶり
のことで　子供が苦しそうにしているのを見るの
は親としては痛ましく　と言ってその症状を引き受
たところで子が回復するでもなく　まあ　成り行き
を見守るだけで

週が明けて　娘が学校へ行ったら水槽の水を
入替ようと思っていた　娘のものが山積みにな
ったソファの後ろに水槽が置かれていて水替え
の際にものを濡らされるのを娘が異様に嫌う
から　いないときに済ませたかった　実は先週
三カ月ぶりに水の全変えをしたのだけれど細菌
バランスが見事に崩れ　今　水槽は薄いカルピス
みたいな水に満たされ　二尾いるテナガエビは
薄膜の向こうに比較的よく見えているがその他
の魚は入れ代わり立ち代わりするもののはっきりと
何匹いるのか　確認できないほどの濁りだ　カ
ルピスと言ったがマッコリに近いかもしれない
あれも見た目味ともにカルピスみたいな酒だ
ったような記憶がある

博物館の東洋館で　中国の掛け軸の画を見た
多分　ある一定の流れに向かって進んでいる
のか踏みこたえているのか　無数のテナガエビ
が描かれた墨絵が展示されていた　筆は多分
同一個所を重ねてなぞられることはなく　さっ
さっと触角　足　長い鋏　が軽く見える筆運び
で描かれているように見える　胴の部分　目玉
尾っぽ　それらは習字で言うところの　止め　留
め　どちらの字か宛てられるのか　それともここは
留め　ここは止め　と技法的に分かれるのか
薄墨で輪郭線なく描写され　薄墨ではなくて
時間の経過で墨が薄れていったのかもしれない
いずれかっきり力強いわけではなく今薄濁って
いる水槽の中のテナガエビのように空ろじみる
が数だけは堅い

東アジアの大陸では泳ぎを習わないと何かで
目にした　川の近く　海の近くの土地でなければ
昔は一生泳がない人も多かったのだろう　その他
にも主に淡水魚と思われる魚を描いた画がい
くつもあって　たとえ海に面したとしても大陸は
やはり大陸で　海に囲まれた場所とは水に対
する感覚が全く違うのだろうと思う　どのように
違うのかはかの国の人に聞くのが確実なのか
も知れない　と言って別に確かめたからと言って
望む答えが聴けるとも限らない　何故大昔に
テナガエビだったのか　唯一私の好きな運動
が水泳で理由は昔泳げるようになったから
理由の多くはたわいもない

どういう理由であれもう四つまわりの昔に破られ
た約束があっていまだにそれを思い出すのだ
もう何のわだかまりもないというのは嘘だ　なけ
れぱとっくに忘れていい年月が経っている　し
かしたいしたわだかまりでもないのも確かだ
時折　眠る間際に　または目覚める間際に思い
出したりするだけで　眠りも目覚めも妨げるもの
でもない