見聞実話怪談5『中古車』
某大手の中古車センターに務める萩谷(仮名)は、当時、まだ入社したての新人だった。
それは、やっと仕事にも慣れた頃の話だった。
萩谷が、休日明けに出勤すると、先輩である片瀬に、新入荷した車の洗車を頼まれた。
『萩谷、悪いんだけど、展示場の端にある黒いヴォ○シー、洗車しといてくれないかな?
昨日、中は総出で掃除して消臭もしたんだけど、外身に手が回らなかったんだ、今から、お客様とのアポがあって、俺、洗車に回れなくて
夕方には、同業者が引き取りにくるから、よろしく頼むよ』
『あ、わかりました、やっときますよ』
片瀬と仲がよかった萩谷は、心良くその仕事を引き受けた。
朝のミーティングを済ませた片瀬は、開店早々に来店したお客様の接客に向かう。
萩谷は、洗車道具を持ち、広い中古車展示場の端っこに置いてある黒いヴォ○シーの所に向かった。
その日はあいにくの曇り空で、早めに洗車を済ませないと、一雨来そうな雰囲気であった。
それでも同業者に引き渡すということなので、洗車だけは済ませなければならない。
それにしても…
同業者に引き渡す っていうことは
訳ありな車なのかな…?
萩谷はぼんやりとそんなことを思いながら、展示場の中を歩いていたそうだ。
萩谷の勤める会社では『いわゆる訳ありの車』は販売しないことになっている。
何か訳ありの車を買い取った場合は、同業者に売るのが慣例だという。
訳ありの車 …つまり事故車両だ。
事故車にも様々あって、例えば大事故になった訳でもなく、軽い追突事故をして修理に出した車も、事故車なので萩谷の会社では販売しない。
洗車を頼まれた車は、ぱっと見、どこかを修理したようには見えず、なんなら 新古車のような新しさだったという。
何の事故をしたんだろうな?
どこを修理したんだろう?
萩谷は、そんなことを思いながら洗車に取り掛かった。
水道から水を出して、車全体を流していた時のこと。
バシャバシャ と 窓を流れ落ちる水の向こう側…車の運転席に、誰かが乗っているような影を見た。
萩谷は一瞬手を止めて、不審そう車の中を覗き込む。
『誰か…乗ってる…??』
だが、そこにはやはり誰も乗っていない。
それもそのはずだ、そもそも、その車の鍵を持ってるのは萩谷だ、誰かがこの車の鍵を開けて中に入り込むなんてまずありえない。
だからこそ萩谷は、その人影を気のせいだと思ったそうだ。
夕方には同業者が取りに来るということで、雨が降る前にさっさと洗車を終わらせなければいけない。
萩谷はそのまま洗車を続けていた。
だが 何だろう…
どこからともなく焦げ臭いような匂いが漂ってくる。
近所の人が庭でゴミでも燃やしているのかと周りを見回すも、そんな住人の姿はどこにもない。
おかしいなと思って車を振り返ると、なぜか車の中が真っ白に曇っている。
どういう訳か、その車の車内が、どこから出現したのかわからない白煙で、全く見えなくなっていたのだ。
『え!?』
萩谷は慌てて車のドアを開けた。
しかし、車の中に煙なんぞは充満していない。
いたってクリアな視界だ。
だけど 1つだけおかしなものが、萩谷の目に飛び込んできた。
それは、運転席のハンドルにもたれるようにしてうつむく、若い男性の姿だったそうだ。
萩谷は、一瞬 わけがわからなくて固まった。
なんでこんなところに人がいるんだろう?
車を見に来たお客さんだろうか?
たった一瞬でいろんな考えが萩谷の頭の中を駆け巡る。
だがそのどれも不自然すぎて説明がつかない。
萩谷が訳もわからず固まっていると、ハンドルにもたれかかっていた若い男性は、まるで空気に戻るかのようにその視界から消えて行った。
しばし呆然とした 萩谷だったが、それがあまりにも異様なことだと気づくと、途端に恐ろしくなってきた。
洗車道具を投げ出し、慌てて事務所にかけ戻る。
実は、その新古車のようにピカピカなヴォ○シーは、練炭自○した青年が所有していた車だったそうだ。
青年は、その車の中で命を絶ったのだと。
だから 外装には全く何の傷もなく、亡くなってからすぐに発見されたため、車内も焦げ臭い匂いだけが漂うだけて、専門業者でクリーニングを受け、こちらの店舗に回されたのだそうだ。
だからこそ、その車の車内だけは、昨日スタッフ総出で二度目の掃除をしたのだとか。
萩谷が見たのは、おそらく、その青年の最後の姿だったのだろう。
若くして自◯を選ぶということは、よほど辛いことがあったのか…
気の毒だとは思ったが、萩谷はそれ以来、ピカピカの ◯ォクシーを見ると、意味もなく背筋が震えるようになったそうだ。
おわり
※不思議の館にて紹介していただきました
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