ロシア語一日一善(295)

レフ・トルストイ編著  八島雅彦訳注  東洋書店から

Недобрые чувства вызывают осуждение людей, но очень часто осуждение людей вызывает в нас недобрые к ним чувства, и тем более недобрые, чем больше мы осуждаем их.


試訳
悪感情は人々の非難を招くが、しばしばその非難によって私たちはその人々に対して悪感情を抱く、しかもその悪感情が強いほど、その人々への非難はますます激しくなる。


Недобрые чувства はそのまま訳すと「悪感情」と言ったところか。чувство が複数形になるのは、「意識、正気」の意味か「感情、愛情」の意味の時のようである。意識や感情が具体的に一つ、二つと数えられるわけではなく、常にさまざまな感情や意識があるから複数形になっているということか。「〜の気持ちを傷つける」を英語でにするとき、hurt one’s feelings と「気持ち」のところを複数形にするが、理屈としては同じなのかもしれない。なんにせよ、日本語的な感覚だと抽象的で数えにくい「気持ち」が複数形になるのは感覚的につかめない。осуждение людей:「人々の非難」だが、「人々が非難すること」なのか「人々を非難すること」なのかが分からない。ひとまず保留。вызывать осуждение で「物議を醸す」という表現が研究社の和露辞典に載っていた。問題の文では「(複数の)人の非難」だからそう言う言い方もできるかもしれない。ここでは「悪感情は人々の非難を呼び起こす」くらいだろう。恨み、憎しみ、嫉妬、といった負の感情が元になって、誰かを糾弾する原因になる、という感じか。
но очень часто осуждение людей вызывает в нас недобрые к ним чувства:「しかし、かなりよくあることだが、人々の非難は私たちの中に彼らに対しての悪感情を呼び起こす」ним は людей を指すので、非難をする人への悪感情、ということになる。そうなると、осуждение людей は「人々が非難をすること」という意味で、「人々の非難」という解釈が整合性がありそうである。非難をしている人に対して、私たちは好ましくない感情を抱くということ。悪感情が非難を招き、非難を悪感情を生む、このループになっていると言いたいわけか。
и тем более недобрые, чем больше мы осуждаем их.:「〜すればするほど〜ますます〜である」という構文、тем 比較級 чем 比較級 になっていて、「しかも、その感情が悪意のあるものであればあるほど、私たちは彼らをますます非難する」くらいになる。их は людей 。
文があまりに抽象的なので、具体例を考えてみる。誰かがある人に恨み(悪感情)を抱いていたとする。その恨みを持っていると、「そういうふうに思うんじゃない」とかなんとか言われて人々から非難される。でもそういう非難に対して、私たちは悪感情を抱く、つまり説教然とした態度とか、偉そうとかなんとか言って「嫌だなあ」と思う。しかも、その「嫌だなあ」の度合いが高ければ高いほど私たちはそういう人々を強く非難する。つまりこれは悪感情と非難がループして拡散していくことを言っているのか?全体としてこれは非難が精神的に不衛生だということが言いたいのかもしれない。

ここらで限界なので、訳注の八島雅彦訳を参照する。


悪意が人々に対する非難を呼び起こすものだが、人々に対する非難が、我々の中にその人たちに対する悪意を呼び起こすことも多く、非難が増せば増すほど、悪意も増すことになる。

八島雅彦訳


осуждение людей に関しては誤訳をしていた。実際迷ったが「人々が非難すること」ではなく「人々を非難すること」であると解釈されている。一番最初で読み間違えると厳しいね。そこから文意がずれていってしまう。

но очень часто осуждение людей вызывает в нас недобрые к ним чувства (人々に対する非難が、我々の中にその人たちに対する悪意を呼び起こすることも多く)という文になるほどと思った。例えば、炎上している人は「炎上しているから」という理由でその人に対して心無い言葉を投げつける人もいるだろう。実際に炎上するだけのことをしたのかどうかということにあまり関係なく「非難されている」ということがその人に対して好ましくない感情を増幅させる。一方が他方に非難する構図になっているとき、非難される側は、そりゃそれだけのことをしたかもしれないけど、「そこまで言わんでも…」って言いたくなることがある。国際問題しかり、芸能スキャンダルしかり。つまり「非難」の中には最初からある「非難」と「非難によって呼び起こされた悪意(による非難)」があり、現代では後者は簡単に非難の対象をはけ口にできるから、非難と悪意のスパイラルが止まらない。かてて加えて「非難が増すと悪意も増す」わけだからこの世は簡単に地獄になる。Боже мой!

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