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【より良い職員室を。】



 より良い職員室をつくれない教師は、より良い教室もつくることはできない。そんな風にも思った昨年度。

 その前の年に、自分はものすごくうまくいかなくて、ものすごく迷惑をかけた。恥ずかしい思いも、惨めな思いもしてきた。

 申し訳ないほどに時間を奪ってしまったりもした。

 そんな1年を過ごすと、職員室でどう過ごしていいかわからなくなる。それは勝手にこっちが心配しているだけなんだけれど、その翌年にどんなにうまくいこうが、「去年あんなんだ奴が何を偉そうにまたやっているんだ?」とか「そんなことして大丈夫なの?」とか思われてしまうのではないかと気が気でない。

 何度もいうけれど、そういった職員室ではなくって、実際は温かい。
 けれど、思いっきり傷を負うとこんな考え方になってしまうのだなとも思った。

 そうすると、どんだけ学級内で素敵な姿があったとしても、どんだけ豊かな成長が見られたとしても、子どもたちの姿に感動しても、話せなくなってしまうのだ。

 話せなくなる。教室はぐんとん伸びる。ものすごい姿を見せてくれる。でも、話せない。自分の前だけの姿になる。閉鎖的になる。ますます話せなくなる。子どもたちの良さが伝わらない。ちょっとした教室外のエラーしか見てもらえなくなる。でも教室で過ごす毎日はものすごい成長で溢れている。でも僕しか見ていない。ますます話せなくなる、、、。 

 そんな悪循環に陥った。

 何が1番申し訳なかったかって。子どもたちに対してだ。
 「担任の先生の前だけ頑張る子たち」という印象がついてしまったかもしれない。

 自分が勝手に、悲観的になってしまったことが始まりで、発信できなくなってしまった故に、そうなってしまって行ったとしたら、ものすごく申し訳ない思いだ。

 職員室の先生方の温かさにも助けられ、後半は随分と話せるようになったんだけれど。

 そんなこんなの経験から、今年度のは「地域、学校から愛される集団」を裏のテーマでもっておく。

 そこへの意識があるかどうかで、きっと発信の具合が変わってくる。
 地域まで目を向けることで、自ずと学校を通ることにもなる。
 
 また、今年度はありがたいことに主となる校務分掌も多い。
 その立場を上手に活用して、より良い学級の発信に止まらず、より良い学校経営に貢献できたらと思う。

 目の前の子どもたちの成長を根拠として。

 この2日は学校のお仕事がメインだったので、明日は学級の準備を進めていきます。

 

 
 学年だよりのロゴとヘッダーがなかなか可愛いです。

 学級通信のタイトルは、子どもたちと決めていきます。

 明日初号を書き上げで起案します。

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