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光源氏と七人のイケメン

🖋Pdf版もございます。

 平安時代の超スーパーイケメンといえば、紫式部の書いた源氏物語に出てくる主人公の‘光源氏’です。
 容姿も、本名も秘匿されたまま国宝のように「光り輝いていた」という評判だけで平安貴族のなかで存在感を発揮し、歴史上でも日本の最初のイケメンアイドルのような立ち位置を占めています。
ですが良く知られている女性エピソードのほかには、とても寂しい生い立ちであったことしか何も分かっていません。父親は仕事に忙しいばかりに親子水入らずに過ごす時間を十分に作れず、母親の記憶はなにもなく、兄弟とも親しくありませんでした。悲しい幼少期をすごした後には、生まれ持った多種多様な才能が開花する幸福な半生が待っていましたが、何をさせても出来た、という評判だけで本人が何を好んでいたのか、例えば学問も運動も音楽も始めから教師を凌ぐほどに出来たけれど、その中に好きな教科や好んだ競技や好みの楽器はあったのか、紫式部は敢えて、光源氏の特徴を読者の想像に任せることにして、多くの情報を物語に書き加えませんでした。
 まるで物語のなかでも曖昧に語られる幻想のように、幻の人として登場する光源氏に日本女性は理想を重ねて好みのイケメンを思い描いくことができます。
 しかし!源氏物語には光源氏の他にもたくさんのイケメンが登場します。どの彼も、現実離れした光源氏よりも具体的に想像しやすいイケメンです。
源氏物語の話しになると、どの女性キャラクターに魅力されるかの議論で盛り上がってしまい、思えば、登場人物の内の男性キャラクターの魅力はあまり話題になりません。とはいえ源氏物語は女性に向けて書かれた物語ですから、男性キャラクターに注目して盛り上がらないのはなんだか勿体ない気がします!
 まず忘れてはならないのは、桐壺帝です。源氏物語の最初に登場するイケメン。光源氏の実父で容姿端麗な一族のDNAを輩出する始まりの人です。桐壺帝がイケメンでなかったら光源氏はイケメンでなかったでしょうから源氏物語としても重要な初代イケメンです。光源氏は大人になっても偉大な父親を超えることはできず、思い悩むことがあると息子時代に心を逃避させる癖がついています。息子の光源氏を甘えさせた包容力の高い父親にして、作中に登場する誰もが逆らえられないイケメンの帝王です。
 光源氏と彼の初恋の藤壺の息子の冷泉帝も、光源氏にも桐壺帝にも引けを取らないイケメンです。光源氏に似た複雑な境遇の渦中に生まれますが、家族に見守られて成長したおかげか、寂しがりで少し捻くれている光源氏と比べてとっても素直です。両親に似た賢い優等生で、妻になった複数の女性を平等に愛するフェミニストです。
 光源氏のライバルの頭中将も家柄と才能に恵まれたイケメンです。特権階級の筆頭で、誰も敵わない地位に落ち着いていても、見振り素振りが堅苦しくない情緒のある人物で、誰の記憶にも残る華やかな風貌をしています。妻になれば自慢の夫になること間違いなしでしょう。
 そんな頭中将の妹と光源氏の息子の夕霧もほぼ欠点の無い完璧な平安貴族です。美形な両親によく似た正統派イケメンで、作中屈指のサラブレットです。母親の実家は政治力のある裕福な家柄の貴族で、父親は皇族の光源氏ですから、身分の低い母親と皇族の父親のあいだに生まれた光源氏よりも出生に恵まれています。本人の性格は至って真面目で、遊びの恋愛にはあまり興味がなく、友人思いの勉強肌で苦手なことがありません。現代ならば女性に逆プロポーズされて若くして所帯を持つと思われます。
 夕霧の親友の柏木も光源氏のように特別な才能をもった青年です。光源氏のライバルの頭中将の息子で、財力のある実家でのびのびと芸術肌を磨いています。それでいて政治一家の跡取り息子として申し分なく、世間を把握するのも人の機微を読むのも御手の物です。光源氏から女性を奪った唯一の男性ですから、熱い思いを打ち明けられたら女性は断れません。
 光源氏が亡くなった後の宇治十帖の物語に登場する貴公子達も個性派です。
薫君は生まれ付き良い香りの体臭をしている容姿の良い控え目な雰囲気の若者です。しかし世間の評判は大人しくても、本当はとても強引でとにかく頑固。見た目の印象と性格のギャップが凄まじく、悪く言えば見た目を裏切る性格難、良く言えば唯一無二の特殊なパーソナリティの持ち主です。人気者の貴公子の世間体と実際の違いを楽しむ心の余裕があれば、恋人だけに知らされる嘘偽りの無い本性に深くハマれます。
 薫君に対抗意識を寄せる匂宮も華やかな恋をおくらせてくれる理想の恋愛相手です。甘やかされて育った皇子らしく、すぐに女性に飽きてしまう我儘ですが、注目されながら育った人間に表れる育ちの良さが備わっていて、人からの好意を糧に世間と繋がることを許された愛される人物です。
 光源氏が浮世の陽と陰がおりなす幻想の影であるなら、源氏物語に登場するほかの男性キャラクターは現実世界に沈む此の世のイケメンです。人よりも目立つ美点で贔屓されていても、それとは関係無しに人並な人生を全うする彼等には身近な人物として見たときに尊敬できる魅力があります。
 その彼らが束になって勝負を挑んだとしても負かされてしまう‘光源氏’こそ至上のイケメンと物語で創作したのは、さすが紫式部。秘するが花の如く。どうということも秘密にされている光源氏と並ばされれば、どんな人間も世間染みた雰囲気が印象に残ってしまいます。しかし、読者の女性には好みがありますから、物語に逆らって光源氏よりも好きになれるイケメンがいても良いではないですか!
 よく分からない光源氏よりも、とっても好きになれる登場人物がいれば源氏物語の世界を自分の好みと照らし合わせて近しく感じられるかもしれません。きっかけを絞らなくても楽しめて、どうとでも好きになり様があるのは古典文学の際立った特徴ではないでしょうか。

「光源氏と七人のイケメン」完

©2024陣野薫


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