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マリアビートル/伊坂幸太郎〜読書感想文〜

東京駅から北上する東北新幹線。
車内では〈殺し屋〉たちによる静かな死闘が繰り広げられていた。

幼い息子の仇討ちを企てる、元殺し屋「木村」
優等生の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」
闇社会の大物から密命を受けた、腕利きの二人組「蜜柑」と「檸檬」
とにかく運の悪い、気弱な殺し屋「天道虫」

狙う者と狙われる者が交差する車内。
新幹線という限られた空間で、〈殺し屋〉たちの運命が動きだす。

「おまえ、舐めてると死んじゃうぞ」-木村-

大事な息子を屋上から突き落とされた元殺し屋。今は酒飲みの中年男性。

息子の仇となるやつを絶対に許さないという復讐心に燃えながら、犯人を追って新幹線に乗り込む。

しかし、敵は甘くはなかった。
息子の仇、王子には行動をすべて予測されてしまっており、スタンガンであっというまに身動きを取れないようにされてしまった。

息子の仇を許さない。目の前にいる王子に必ず復讐する。
昂る気持ちを抑えながら、彼は両親やその友人との過去のやりとりに思いを馳せる。

「人を殺してはどうしていけないの」-王子-

少し痩せ気味で低身長。黒い髪は細く、長めだが重さを感じさせない。
くっきりとした二重瞼で、曰く「女みたい」。

美しい見た目とは裏腹に、王子は心に残虐性を飼っている。
教師、同級生、デパートで見つけた子ども。
彼に目をつけられた人間は、もはや動物的に対抗する気力を失うほどに、精神的に痛めつけられてしまう。

その対象は、殺し屋「木村」の息子であろうと例外ではない。

意識不明となった息子を人質に、王子は木村をもてあそぶ。

「餅は餅屋。そうだろ」「お前は何屋なんだ」-蜜柑と檸檬-

読書好きで冷静な殺し屋、蜜柑と
機関車トーマス大好きで大ざっぱな殺し屋、檸檬。

性格は真逆だがコンビネーションは抜群の2人。

彼らは殺し屋界の大物・峰岸の息子を、ある組織の監禁から解放し、盛岡へ連れ帰るために新幹線に乗り込んだ。

峰岸の息子の救出は無事に完了。そのうえ犯行グループのやつらを全員殺害した2人は、相手に渡す予定だった身代金の詰まったトランクさえも無傷で持ち帰ることに成功していた。

腕利きの殺し屋の強さに目を輝かせる息子を尻目に、2人は席を立つ。

すると、檸檬が隠していたはずの身代金が詰まったトランクが跡形もなくなっていることに気づく。
『まずい』。いや、『やばい』。

ひとまず作戦を練るために自分たちの座席に戻ると、峰岸の息子はそのわずかな時間で眠るように死んでいた。

『すげえやばい』。

「世の中に、簡単で単純な仕事なんてないんだ」-天道虫-

だれかの旅行荷物を奪って新幹線を降りろ。

どこに置かれた誰の荷物なのかもわからない、謎の指示だけを頼りにしぶしぶ新幹線に乗車したのは、新米殺し屋の天道虫。

彼はひたすらに運が悪い。

政治家の浮気現場を撮影するだけの仕事のはずが、そのホテルで連続射殺事件が起きたり。

ファストフード店の新製品を食べ、「うますぎる、うまさ爆発だ」とおおげさに驚くだけの仕事のはずが、直後に店が爆発したり。

不運続きでお人好し。殺し屋なんてまるで向いていなさそうな彼は、専門家からすると「なかなか侮れない。強いから」。

追い詰められてからの瞬発力と反射神経、発想が尋常じゃないと、殺し屋界でにわかに注目を集める彼は、怯えながらも新幹線での攻防に参戦する。

圧倒的な会話劇

感想にうつろう。
伊坂幸太郎さんの作品といえば、会話劇。
とにかくポップで軽快で、これだけ切迫した環境下でよくそんな言葉遊びができるなと登場人物に感心してしまうほどだ。

マリアビートルではとくにこの伊坂節(伊坂幸太郎さん流会話劇)が炸裂している、と私は思う。

とくに蜜柑と檸檬の会話は口に出して読みたくなるほど耳当たりもよくとても気持ちがいい。

文章量は多いのに、読み終わったあとにどんな会話をしていたか容易に思い出せる。だからこそ、作品全体がとても印象深く胸に残るのだろう。

ちなみに伊坂幸太郎さんはただ面白いだけで終わらせないことには注意してほしい。

ただの会話劇の中にとても重要なヒントが隠されているのはもはや当たり前。それほど日常会話に鍵を紛れ込ませるのが絶妙にうまい。

ふと物語の後半にひびく鍵を見つけられたときには、人知れず優越感に包まれる。

番外編-鈴木さん-

作品を読んでいると、伊坂ワールドを少し知っている人なら「おや?」と思う人物が登場する。

塾講師をする男性、鈴木である。

彼は王子から、「どうして人が人を殺してはいけないのか、倫理的な理由以外の理由で教えてほしい」と尋ねられる。

王子は普段、大人たちにこの質問をぶつけ、「とても悲しいことだからだよ」や「法律で決まっているからだよ」といったありきたりな答えしか返せない様子を見て心の中でバカにしていた。

だが、このとき鈴木が王子に対して話す「人が人を殺してはいけない理由」は必見である。

鈴木は作品内ではかなり壮絶な過去を持つ人物であることから、この答えが出てくるのは非常によくわかる。

しかしこの答えは創作物であることを飛び越えて、伊坂幸太郎という作家がこのような答えをわかりやすい文章で、しかもわずか数ページに収めてしまえることへの感動が圧倒的に上をいく。

伊坂幸太郎さんの作品に関しては話したいことがまだまだあるのだが、まずはマリアビートルの感想ということで、このくらいにしておこう。

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