ペッパーズ・ゴースト/伊坂幸太郎〜読書感想文〜
悲観と楽観、教師と生徒、能力と暴力、猫と野球…
父の言葉、母の想い、自分の理想、だれかの期待、司会の煽り…
先行上映された猫を2人組の殺し屋で創作小説し、国語教師がニーチェのカンフーをヘディング…
私は今、なにを読んでいる??
とにかく、私は、他人の未来が見えるんです。〜檀千郷〜
中学校国語教師の檀千郷。
彼は、ある条件下で他人の明日が少しだけ見える特殊能力を持っている。
父から受け継いだ能力、「先行上映」。
能力の性質上、どこのだれの未来を見たのかもわからず、助け舟を出すこともできないことが多い。
無力感の積み重ね。わかっていたのにどうにもできなかったという事実は、脳に負荷を与え続ける。
解決策は「できるだけ気にしないこと」。
しかし彼は見てしまった。
自分の生徒・里見大地が乗る新幹線が、脱線して大事故になる未来を。
なんとかして教えなくては。
必死で思考を巡らせる彼を他所に、今後彼をまきこむ大きな運命も着々と動き出していた。
自分は小説の中の登場人物ではないか、と疑っている人について、どう思いますか?〜布藤鞠子〜
檀が受け持つ生徒の1人、布藤鞠子。
彼女は自作小説を執筆中であり、その作品をノートに書いて檀に渡してくる。
物静かなタイプで頭もよく、責任感のある鞠子。
体調不良で欠席することが多く、檀も気にかけていた。
そんな彼女が書く物語は、
ネコジゴハンターという2人組が、過去に猫を虐待した人間たちに、猫に代わって復讐をしていくというもの。
ネコジゴハンターはいわゆる〈殺し屋〉。
虐待された猫と同じ目に合わせて〈猫ゴロシ〉をした人間を殺害して回るというやり手の殺し屋だ。
この創作小説を檀に見せる彼女の真意とは?
また鞠子の友人、友沢笑里は、彼女のことを心配していた。
ある日鞠子から、突然
「怖い、怖い。どうしよう。助けて」
というメッセージがはいったことがあるというのだ。
どうしたのかとメッセージを返すと、
「何でもない。思わず連絡しちゃった」
とはぐらかされたとのこと。
さらにちょうどそのメッセージが送られてきた頃と時期を同じくして、鞠子の父親は病院へ入院したそうだが、、、??
こんにちは。ネコジゴハンターです。ハラショー、アメショー、松尾芭蕉〜ネコジゴハンター〜
布藤鞠子の小説内に登場する2人組の殺し屋、ネコジゴハンター。
悲観的な性格のロシアンブルと
楽観的な性格のアメショー。
過去に自らを「猫を地獄に送る会」と称して猫を虐待し、その様をSNSにアップしていた卑劣な集団、通称ネコジゴ。
そのネコジゴたちに制裁を加えて回るのがネコジゴハンターの2人、という設定だ。
やっていることはかなり物騒だが、野球好きでイーグルスを応援していたり、ロシアンブルは口癖のように「もう終わりだ」と悲観的になりアメショーに呆れられていたりと、存外ポップな一面を多く見せてくれている。
鞠子の遊び心ゆえか、アメショーは「物語の都合上、よくできていますね」など、メタ認知的なことを口走ることが多い。
檀が対峙する現実世界でのストーリーと並行して、彼らのハンター生活が描かれていく。
物語の中の彼らは、マンクスという種類の猫を飼っているネコジゴのもとへ行くそうだ。
できるだけ正直に、ざっくばらんに/成海彪子
本人曰く、「あまり世間に類例がないだろうと思われる」ことをやろうとしている、"サークル"に属する女性、成海彪子。
子供の頃からカンフーに憧れを持ち、空手道場と体操全般を教えてくれるスクールに通っていた。
彼女は5年前に都内で起こった国内有数のテロ事件、「カフェ・ダイヤモンド事件」の被害者遺族の1人だった。
彼女の所属するサークルとは、そのカフェ・ダイヤモンド事件の被害者遺族たちの集まりである。
檀が里見大地を新幹線事故から救おうとしたことが引き金となり、檀と彪子は偶然にも出会うこととなる。
彼女のざっくばらんでありのままな身の上話は、檀の物語に大きく影響を及ぼす。
騙し絵の文章化
おそらくこの一言に集約される作品。
よく複雑に絡み合うストーリーという煽り文句を聞くが、それに対抗するなら明瞭に重なり合うストーリーといえるのではないだろうか。
私が冒頭で書いた「今、なにを読んでいる??」というのは、決して内容の意味がわからないなんていうことではない。
檀、鞠子、彪子、そして作中作の人物として登場するネコジゴハンター。
これだけ多くの登場人物とその周囲の人間が入り乱れて、まったく違う場所でてんでバラバラなことをやっているのに、なぜか物語の先は常にまったく同じ方向をむいているのだ。
そして終盤に近づくにつれて、まったく違う場所だと思っていたところが共通の場所となり、てんでバラバラのことをやっていたはずが同じ終着点へたどりつく。
それはまさしく、かの有名な"ペンローズの階段"のごとく。
だからこそ、今、何を読んでいる?という不思議な体験をした人は、この物語を最大限楽しめた人だと言えるだろう。
ちなみにこの騙し絵の文章化、もとい"壮大な騙し絵"という煽り文句は、同じく伊坂幸太郎さんの作品であるラッシュライフに使用されている。
伊坂幸太郎さんってどんな人?と聞かれたら
個人的な感想だが、「伊坂幸太郎さんの作品って読んだことないんだけど、どんな本を書く人なの?」と聞かれたら、説明不要で「こんな本を書く人です」と言って手渡せてしまえるのがこのペッパーズ・ゴーストではないかと思っている。
なにせ伊坂作品を語る上では欠かせないものがたくさん詰め込まれている。
ほんのちょっとした特殊能力
2人組の殺し屋
どこか情けない男性キャラ
あっけらかんとした女性キャラ
サイコパスな凶悪犯
仙台を思わせる雰囲気
なんなら主人公が学校の教師というのも、どことなく伊坂作品っぽいとすら思ってしまう。
著者ご本人様が「得意パターン全部乗せ」と語っているのはダテじゃない。
番外編〜女性は強し〜
他の作品でも言えることだが、私は伊坂作品に登場する女性キャラがとても好きだ。
だいたい主人公の妻や母親といった近しい間柄の人物なのだが、発言がさっぱりしていてとてもあっけらかんとしている。
見ていてとても気持ちがいい。
今回は、檀の母がまさしくそれだ。
これらをモットーに生きる彼女は、大らかで物事に動じない。
檀やその父、つまり夫の「先行上映」の能力を知った際も「あら、大変」くらいで済ませてしまうのだ。
これは彼女の言葉である。
「頭を使ってよく考えろ」と言う際に、ヘディングヘディングとよく言うのだそうだ。
檀は作中、何度もこのヘディングを通して必死で解決策を模索する。「ヘディングだ、ヘディングをしなければ」と。
私もこの物語を読んでからは、なにか考えなければいけないとき、ヘディングをしないと…とふと思うことがある。
悩みがちな性格である私は、檀の母に「ヘディングしなさいよ」と言いながら背中を叩いてもらいたくなることがしょっちゅうだ。
常におどろくほど前向きな強き女性キャラも、伊坂作品の魅力の1つだと思っている。
私事だが、この作品は去年の私の誕生日にプレゼントしてもらったものの一つだ。
ありがたく読ませてもらったのに、感想を書くのが約1年越しになってしまった。
おかげでこの素敵な本に出会えた。
この場を借りて感謝を申し上げる。
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