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あなたが何を考えているのか言葉にしてほしい

 中国に留学していた時に、大きめの商業施設に買い物に行ったことがある。スポーツ用品の売り場がどこにあるかわからなかったので、従業員に聞くことにした。大学生を3年やって語学留学をしたのだが、中国語の勉強はそれほどできていなかった。中国で半年と少しの中国語の実力で、中国人に中国語で話しかけるのは勇気のいることだ。勇気を振り絞って話しかけたはいいものの、こちらの発音がよくなかったのだろう、「聞き取れない」と返答された。何度か挑戦したが、返答は同じ。「聞き取れない」は中国語の勉強を始めてすぐに習う文だから、こちらも聞き取ることができる。ショックなのは、目も合わせてくれなかったことだ。悲しい気持ちになった。そしてとても悔しい。こうして中国語を使おうとする勇気を削り取られてしまった。

 会話は一方通行ではいけない。話し手と聞き手の共同作業だ。いくら頑張って話しても、話しかけても、聞き手に聞く気がなければ伝わらない。語学を学ぶ難しさを味わった気がする。同時に、私なんかよりも流暢に外国語を話す人たちは、こんな気持ちをたくさん味わってきたのだろうと思えてきた。語学力は勇気の産物で、ここで挫ける人は、語学を諦めるか、相当な時間を要するのだろう。どうやら私は時間のかかる人種のようである。

 仲良くしていた韓国人の女性がいた。年齢が同じで、留学して半年後のクラス替えののちに仲良くなった。日本人2人、韓国人5人、ドイツ人1人でよく遊んだものだ。ちなみに、彼女の中国語がこのメンバーの中で最もレベルが高い。あるとき、留学生の寮の1階のテーブルに2人になった。そのときに言われたことがある。どんな言い回しかは正確には覚えていないが、ニュアンスだけ日本語に訳してみる。

「あなたは、話すことを諦めることがある。思っていることがあるなら話してほしい。あなたは賢いから、多くのことを考えていると思う。だけど、それは話してくれないと、私たちには伝わらない。私はあなたが何を考えているのか知りたい。あなたが考えていることを言葉にしてほしい。中国に来て、中国語を学んで、それを使わないなんてもったいない。だから、頑張って話してほしい。私も頑張って聞く。もっと仲良くなろう」

 確かこんな内容だったはずだ。彼女には本当に救われた。全くその通りだと思った。中国語の勉強に対するモチベーションも上がった。たくさんのことを、自分の考えを、より適切に、的確に、相手に伝えたい。話し手が諦めてしまえば、聞き手は理解のしようがない。会話は一方通行ではない。しかし、勝手に切り上げることができるのは、話し手の方だ。

 母語の習得について考えたら、そんなものだと思う。小さい子どものころから、母語を間違えずに運用してきたなんてことはない。たくさん間違えて、間違えた中で訂正されて、長い時間をかけて習得してきたはずだ。間違えないわけがない。通じないなら直せばいい。時間はたくさんある。いつの間にか、失敗を、拒絶を恐れていた。そのために学習を遅らせた。言葉は道具だ。伝え合うためにある。正確に理解し、的確に表現するために学びは続いている。伝えたい相手がいるのは幸せなことだと思う。会話は共同作業だから。

【中国語豆知識】日本語の中では「わからない」で通じてしまうことば。習い始めでは重宝する。

「听不懂」…聞き取れない

「不明白」…意味がわからない

「不知道」…知らない

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