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815杯目:プロレスラー・ストロング小林さんの思い出

昨日のニュースで、昨年末に元プロレスラー・ストロング小林さんが亡くなられた事を知りました。

自分のプロレス好きは、日本は長州力世代くらい米国は5年前くらいまでのWWEで終わっておりますが、それまではプロレス大好き。
今でもアントニオ猪木からは人生を教えていただいていると思うくらいプロレスというのは自分にとって大きな存在です。

ストロング小林も自分にとっては特別な存在のプロレスラーでした。
なぜなら自分の記憶にある最初のプロレスの試合は『アントニオ猪木vsストロング小林』で、その試合の意味が…

当時、プロレス好きの父親が、この試合をアントニオ猪木は悪いやつと言ってストロング小林を応援していたのを思い出します。

なんで父親がそう思ったのかは、のちに日本プロレスの歴史などを調べてたら、なるほどー!
しかし、自分はアントニオ猪木は悪くないと思っていますが…
まっ、今までと違う事をすると周りから叩かれたりするのは、今も昔も変わりませんね。って事だと思います。

今までと違うことという意味では、この『アントニオ猪木vsストロング小林』の試合もそれに値します。

今では普通に行われる日本人同士の戦いですが、当時はびっくり仰天な出来事だったようです。

日本のプロレスと言ったら、日本人が自分より大きな身体の外国人と戦ってやっつけるというのが定番。
戦後間もない日本人はそれが快感でプロレスに熱狂した。
昔の街頭テレビの映像が流れると、テレビに映し出される映像がプロレスの試合だということでも当時の熱狂ぶりがわかりますね。

ちょっと話がそれましたがその日本人対決。
アントニオ猪木が仕掛けるのはキャラクター的にわかりますが、やはりそれを受けたストロング小林の凄さを大人になって特にわかるようになりました。
当時、別にタブーと思われる日本人対決の試合を受けなくても、ストロング小林は他団体である国際プロレスのトップだった。にも関わらず他団体のマットでの試合を受けた。

レスラーなので、誰が一番強いかを証明してやる!と言えばかっこいいけど、今では普通になっている日本人対決や他団体に乗り込んでの試合、当時の環境や周りの意見を考えると、ストロング小林には徳があまりないという試合だったと思います。

しかし、それを受けて試合をした。

それだけで、自分にとってストロング小林は特別なレスラーになったのです。

レスラー最後の方は、映画出演を機会に、そのままスキンヘッドでストロング金剛の名前でプロレスの試合やビートたけしの番組に出ていましたが、それだけ特別な存在だった自分にはスキンヘッドにしないでストロング小林のままでいて欲しかったなー!という思いもありましたf^_^;)

色々自分に残してくれたストロング小林さんのご冥福をお祈りします。
ありがとうございました。

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貴重なお時間の中、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 駄文ながら一生懸命書かせていただいていますので、またいらしてください。