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1044杯目:巨人・原監督退任

昨日、ジャイアンツの今シーズンの全日程が終了して、今期限りでの原辰徳監督の退任が発表されました。

3年契約の2年目終了なので契約期間1年を残しての退任なので、成績不振の責任をとってということでしょう。
巨人の監督としては、同一監督の2年連続Bクラスは初めてだそうです。
現在は死語なのかもしれませんが、さすが『常勝・巨人軍』長いジャイアンツの歴史の中でそれが初めてと知り逆にビックリしました。

ネットを見ていると、晩節を汚したとかいう記事がありましたが、自分は全然そんなことは思いませんでした。

東海大相模高校時代の原辰徳選手から見ている自分としては、監督として歴史に名を残すこんな大監督になると思っていませんでした。
自分達世代で言うと、原辰徳というと『父子鷹』
東海大相模高校→東海大学時代は父親が監督という子供の自分でさえ、他の人にはない環境の中での野球に驚いたものでした。

そして希望通りジャイアンツに入団して父親の手から離れての野球。
もちろん実力は折り紙付きでしたが、どうなるのかな?って不安はありました。
しかし、変わらずプロ野球に入ってもジャイアンツの4番として活躍した。
プロ野球の世界にきても、学生時代の爽やかなイメージそのままで現役を全うしたのは珍しいことではないでしょうか?

そして引退してから少し間をあけてジャイアンツの監督へ。
監督しての能力はわからなかったけど、生え抜きの人が監督という暗黙の了解!?があるジャイアンツとしては順当な人選でした。

しかし、原辰徳監督は監督としても大成功を収めた。
ある意味、選手よりも監督としての原辰徳氏の方がプロ野球界に名を残したのではないかと思います。
ジャイアンツだけでなくWBCでもサムライ日本の監督として世界一に導いている。
WBCのだ1回目で世界一になった後の監督を任されるというのは、プレッシャーが大きすぎて出来ることなら受けたくないという心境にもなると思う。
そのプレッシャーの中、世界一に導いたのを見て、やはり原辰徳監督の能力というのはすごいんだな!って思いました。

これらを見てくると、高校・大学時代の父親の監督の姿から多くを学んでいたのだろうと思いました。

原辰徳監督の第3次政権。
正直、監督2回ならまだしも3回も受けなくちゃならないのは、ジャイアンツの監督になるような後継者が排出できなかった人材不足を感じました。
自分はよく3回目も原監督受けてくれたな!って思ってたので、今回成績不振でということかもしれないけど、ご苦労様でした!という言葉しか見当たりません。
今季、確かに順位としてはBクラスかもしれないけど勝ち越しで終わってるしね。

監督生活17年…17年というと原辰徳監督が憧れた選手、長嶋茂雄選手の現役時代と同じ年数が頭をよぎりましたf^_^;)

これからは『オーナー付特別顧問』とのことですが、現役を引退して日本テレビの解説者にならずにNHKの解説者になったように、これからもジャイアンツの枠組みだけでなく野球だけではない現場での活躍を楽しみにしております。

でも、監督を終えた現在でも、学生時代の爽やかなイメージのままの『原辰徳』は驚異的でさえある。
まさに『若大将』

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貴重なお時間の中、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 駄文ながら一生懸命書かせていただいていますので、またいらしてください。